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カルストの大地[その1] ムラサキセンブリ

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

カルストの大地[その1] ムラサキセンブリ

2016/10/25

今年の9月は雨ばっかりでした。関東では20日間以上続いて雨が降り、これには参りました。農業や天気に影響を受ける商売は散々でしたね。気を取り戻し、秋の花を見に行きましょう。今回はホームグランドの日本の植物シリーズです。北九州にある日本三大カルストの一つ、平尾台に生える植物を見ていきます。

平尾台は遠く玄界灘を望む位置にあります。JR小倉駅から程近い所です。ここは山口県にある秋吉台とならぶ壮大なカルスト台地です。国の天然記念物に指定され、国定公園、福岡県立自然公園でもあります。

総面積は12平方キロメートル、結晶石灰岩でできている標高370~710mの台地です。木がほとんど生えていないので、気持ちが良いぐらいに眺望は良好です。

カルスト台地は古代の珊瑚などによって作られた石灰岩が隆起して、その石灰岩が雨や地下水によって浸食された地形です。土壌が少なく石灰岩が露出するので、森林が形成しにくい環境です。

平尾台には羊群原(ようぐんばる)という地形があります。それは石灰岩の上部が雨水によって丸みを帯びたように溶け、その跡が、羊が群れているように見える地形です。この石灰岩柱をピナクルともいいます。

ピナクルの間に珍しい植物が花を咲かせていました。右に見えるオオユウガギクや黄色のキクタニギク。もっと珍しい植物は中央に小さく見える紫色の花、ムラサキセンブリです。

オオユウガギクAster robustus(アスター ロブスタス)キク科シオン属。種形容語の robustusとは大型で丈夫な様子を表します。確かに近縁種のヨメナなどと比べると花が3.5cm程度と大型で、茎葉も頑丈です。東アジアの広範囲に生える植物ですが、日本では中部地方から西に生え、地域によっては絶滅危惧種です。

キクタニギクChrysanthemum seticuspe(クリサンセマム セティクスペ)キク科キク属。こちらもまた東アジアには広範囲に生えますが、日本では本州の太平洋岸地域に生えます。山地の傾斜地などに自生しますが、準絶滅危惧種です。

ムラサキセンブリSwertia pseudochinensis(スエルチィア プセウドシネンシス)リンドウ科センブリ属。種形容語のpseudoとは、偽りの、偽のという意味です。よほどSwertia chinensisという同属種に似ているのでしょう。ムラサキセンブリも日本では本州以西に自生するとされますが、めったなことではお目にかかれる植物ではありません。少産で希少な植物なのです。しかし前述のキク類と同じで、東アジアの大陸には広範囲に生える植物です。

ムラサキセンブリは日本各地で絶滅危惧種もしくは準絶滅危惧種の指定を受けています。センブリと同じく種子で更新する二年草だと思いますので、草原の状態が続くことが小柄の草本であるムラサキセンブリの生息条件です。

上の写真は岩手県で見つけたセンブリです。ハナアブが飛んでいるので、花の大きさが分かると思います。下の写真は北九州平尾台のムラサキセンブリです。このムラサキセンブリの方が全体的に草丈や花の大きさは少し大きく、花色が薄い紫色をしています。おしべの周りに花糸といわれるもじゃもじゃした糸のようなものが生えています。花には蜜線があり虫がなめに来ていました。

平尾台のカルスト台地に生える希少植物の多くは大陸残存型植物といわれ、大陸と地続きの時代に日本へ分布を広げました。そして大陸との間に海ができたときに日本列島に取り残されたのです。四方海に囲まれる日本はとりわけ降水量が多く、やぶや森林が形成されやすい環境です。一方、降水量が少ない大陸には荒地や草原が広がります。日当たりの良い草原で進化した植物は、日本の環境が住みにくいのかもしれません。

ムラサキセンブリの花は写真ぐらいの大きさです。手のひらにのせているだけで摘んではいませんのでご安心ください。カルストの台地は土壌の少ない環境であることと、国の天然記念物であることから、人が関与して管理されています。そのことによって森林が形成されず、大陸残存型植物の生息を支えているのだと思います。

次回は「カルストの大地[その2]」を取り上げる予定です。お楽しみに。

JADMA

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