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カルストの大地[その5] キセワタとメハジキ

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

カルストの大地[その5] キセワタとメハジキ

2016/11/22

まもなく平尾台は冬を迎えます。多くの植物はしばしの休息をして、長い冬をタネや栄養分をたくさんためた地下茎などで過ごします。それでも季節外れのハイカーのために、遅くまで店を開いている株もあります。
 
早くから花を付ける個体を早生(わせ)といい、遅くに花を咲かせる個体を晩生(おくて)といいます。その中間を中生(なかて)というのですが、農業においてそれは好ましいバリエーションなのです。私たちは自然の中からそのような形質を見抜き、選び取って品種にしてきました。自然界においてそれは開花時期やタネの散布時期をずらし、さまざまな環境の変化に対応して繁栄する植物たちの戦略なのかも知れません。

枯野の中に春に咲くオドリコソウに似ている花が咲いていました。キセワタLeonurus macranthus(レオヌルス マクランサス)シソ科メハジキ属です。本来は夏から秋に咲く花ですが、九州は暖かいのでしょう。晩秋の11月に咲いていました。キセワタも各地で雑滅が危惧される珍しい植物の一つ。山草屋さんで見る機会はあっても、なかなか自然の中でお目にかかる機会が少ない植物です。

キセワタLeonurus macranthusの種形容語のmacroは大きいこと、anthusは花を表すので、花が大きいという意味です。

キセワタと同じように日本の本州以西の草原や川原、荒地などに生えるのがメハジキです。メハジキLeonurus sibiricus(レオヌルス シビリカス)シソ科メハジキ属。種形容語のsibiricusはシベリアを意味し、東アジアの北から南まで広範囲に自生します。
写真は黄河の川岸に生えている株を撮影しました。シソ科独特の四角い茎をもち、高さは1m程度、葉が深く3つに分かれ、さらに切れ込みます。茎の上部の葉腋にキセワタと同じようなピンク色の唇弁状の花を付けます。

メハジキはこの植物の茎を使った子どもたちの遊びに由来するらしいのですが、現在ではそのようなことは廃れてしまったようです。よくタネをつけ、路傍などで増えていきます。中国では益母草(ヤクモソウ)、母の益になる草と呼ばれ、ご婦人の薬に使われます。西洋でもマザーワートと呼ばれるのは同じような薬理効能があるからだと思います。

さて、キセワタLeonurus macranthusに話を戻します。花の周りでは、行く季節を惜しむように虫たちが忙しく蜜を集めています。唇弁花の下弁は色が濃く、ハチの目に付きやすい色です。ハチがそこに止まると、上唇弁花に寄り添うように付いてるおしべの花粉がハチの背中に付くようになっています。

季節の変わり目を節といいます。古代、中国の風習では偶数が陰で、奇数が陽です。奇数がそろう月日はおめでたすぎるので、よろしくない。「過ぎたるは及ばざるがごとし」ということで不吉とされたのです。災い転じて福となすには、旧暦の節句に植物の力を借りて邪気を払うのが慣わしです。キセワタの名前はそうした行事にちなんでいます。

3月3日のひな祭り(桃の節句)、5月5日の端午の節句(菖蒲の節句)、7月7日の七夕(笹の節句)、そして最も重要なのが9月9日の重陽の節句(菊の節句)とされています。日本では菊の節句は忘れ去られようとしていると思いますが、この日に菊の花を綿で包んで香を移し、その香で体を拭いて邪気を払う風習があります。
その綿を着せ綿(きせわた)と呼びます。キセワタという和名は、重陽の節句の着せ綿にちなむものです。キセワタLeonurus macranthusは、唇弁花の周りに細かい白い毛が生えているので綿毛状に見えたのでしょう。

次回は「カルストの大地 最終回」を取り上げる予定です。お楽しみに。

JADMA

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