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森の巨人とマングローブ[中編]

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

森の巨人とマングローブ[中編]

2017/02/21

九州の南方から台湾までの距離はおよそ1200km、その間に200島近い島々があります。東シナ海と太平洋を分けるこの地域は、いくつかの島しょ郡に分けられています。石垣島から南を八重山諸島と呼び、日本最南端の国境の島々です。八重山諸島に行くと生態系はさらにトロピカルになり、東南アジア的です。私が訪れた時期は1月下旬でしたが、その日は夏日であり、車にはクーラーが必要でした。

石垣島といえば川平湾といわれるくらい有名な観光スポットです。潮流が早く、美しいサンゴで有名なのですが、サンゴの白化と呼ばれる現象が進んでいるように見え、海の色と相まって気持ちは少しばかりブルーになりました。

石垣島の米原にあるヤエヤマヤシ群落の遠望です。どこにヤシが生えているか分かりますか。山の中腹に生えるこのヤシは、世界で石垣島と西表島にしか自生していないのです。

進化した単子葉植物であるヤシは、直線的でアールデコ様式に見えます。虚飾を取り払い、単調に見えるその姿は、機能美がたどり着いたデザインの局地です。ヤエヤマヤシSatakentia liukiuensis(サタケニティア リュウキュウエンシス)ヤシ科ヤエヤマヤシ属は、美しい姿を持つ日本特産のヤシです。

ヤエヤマヤシは漢字で「琉球八重山椰子」と書きます。そのSatakentiaという属名はヤシ類の和名のあらかたに名を付けたとされる佐竹利彦氏に捧げられました。彼は食品産業機械の会社を経営する一方、アマチュアでありながらヤシの研究を進め、世界的権威になった人です。種形容語liukiuensisは琉球を表します。

これがヤエヤマヤシのタネです。ヤシの実にしては小さ過ぎます。木々が生い茂る亜熱帯の森で、このタネの大きさは都合がよいと思えません。豊富な胚乳で根や葉をいち早く成長させないと、他の木々との生存競争に勝てないと思います。そんなことが、世界でここにしか残っていない理由なのかも知れません。

石垣島の海岸を歩いていると、オヒルギBruguiera gymnorhizaのガクと胎性種子が落ちていました。八重山諸島では沖縄でよく見たメヒルギはあまり見られません。マングローブを構成する植物は緯度によって優先する樹種が違うのです。

石垣島のマングローブです。ヤエヤマヒルギRhizophora mucronata (リヒゾフォラ マクロナタ)ヒルギ科ヤエヤマヒルギ属。インド洋、太平洋の熱帯、亜熱帯の河口などに広く自生する植物で、沖縄が分布の北限です。八重山諸島ではマングローブの主な構成樹種です。

ヤエヤマヒルギの根はタコノキのような独特な形状です。不安定な泥地で地上部を支えるとともに、嫌気的環境における呼吸根の役割を担っているのでしょう。

ヤエヤマヒルギの花はこんな感じです。花弁が落ちてガクだけになっています。日本でヒルギ科はメヒルギKandelia属、オヒルギBruguiera属、ヤエヤマヒルギRhizophora属が見られ、それぞれ同じようで違うのです。

ヤエヤマヒルギの足元には大きな巻貝、キバウミニナTerebralia palustris(テレブラリア パルストリス)キバウミニナ科テレブラリア属がいました。熱帯アジアからインド洋に自生し、土の中の有機物やマングローブの落ち葉を餌とします。この巻貝はアンモナイトや三葉虫とともに知られている、ビカリアという古代絶滅種と同じ仲間です。日本では八重山諸島だけに分布します。

マングローブのシジミも巨大です。シナレシジミ(ヒルギシジミ)といいます。ウミニナやシジミのような小さな生き物が巨大化するということは、このマングローブの生態系が生み出す有機物生産が極めて豊かだということです。

マングローブは陸の植物や動物が作った炭素化合物やミネラル、鉄などがたどり着く場所です。それを糧に木々が茂り、プランクトンが発生し、さまざまな生き物を養います。稚魚には安全な隠れ家を与え、台風などに対しては防風、防潮壁になります。その恩恵は人々にもあり、まきを与え、家を建てる材木を提供します。南の島に生い茂るマングローブは人類の宝。後世に引き継いで行くべきものです。

次回は「森の巨人とマングローブ[後編]」です。お楽しみに。

JADMA

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