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黄泉帰り[後編] ソテツ

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後も嘱託として勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

黄泉帰り[後編] ソテツ

2017/03/14

ソテツCycas revoluta(サイカス レボルタ)ソテツ科ソテツ属は、シダ植物の次に出現した植物で、恐竜の時代に全盛を極めた化石種の生き残りであることが分かっています。種形容語のrevolutaとは、葉が外へ旋回するように付く様子を表します。漢字では「蘇鉄」と表記され、中国名も同じなので、和名はその名の転用です。語意は弱ったソテツに鉄を与えるとよみがえる(黄泉の国から帰る)と理解され、文献に記載されています。

確かに鉄は植物にも必要不可欠な元素です。酸素発生装置である植物たちのせいで、空気中の酸素濃度は飽和状態ですから、鉄は酸化されてしまい、生き物に利用できない形になっているのが普通です。そこで水に溶ける状態の鉄(可給態鉄)を適量植物に与えると、その生体活性は目に見える形で高まります。

酸化第一鉄の粉に炭を混ぜ、クエン酸液に漬けておくと、わずかな時間で鉄が水溶液に溶け出します。溶け出たのは二価鉄イオン、色は黄緑色です。クエン酸と結合しているので酸化されにくい状態です。

溶け出た二価鉄イオン水を薄めて放置しておくと、鉄が酸素と結合して三価鉄になって沈殿します。これが赤サビです。サビは水に溶けないので植物が利用することできません。生体には水に溶けている鉄、二価鉄が必要なのです。炭素化合物である有機体は、電子のやり取りが下手。生体の中で酸化還元の化学反応を進めるのは金属の仕事です。

植え遅れたトウガラシの苗があったので実験してみます。二価鉄イオン水を1万倍程度に薄め、底面給水で与えました。左苗が施用したもの、右苗が施用しないものの根です。9日もたつと、与えた方の苗は葉色も濃く、枝も茂ってきました。ポットを抜いて観察すると鉄を与えた苗は、新しい根が何本も伸長しているのが分かりました。鉄を与えた苗は、明らかに生体反応が活性化するのです。ソテツが鉄を与えると黄泉の国から生還する伝聞は間違いないと思いますが、1m伸びるのに40年もかかるといわれる成長の遅いソテツです。誰がそれを見極めたのでしょうか。

ソテツは古代の生き物ですから、恐竜がばっこしていた時代の温暖で湿潤な環境を好みます。それと共に、ソテツに何より必要なものは日当たりです。

海岸林の中に生えるソテツを見つけました。そこは常緑照葉樹の木陰でした。幹は段々と先細り、衰弱枯死寸前の状態です。後から生えた木々に追い抜かれ、日照権を奪われたのです。ソテツには致命的な欠点がありました。それは成長が遅く、太陽光を得るための生存競争に負けることでした。この状態では鉄を与えても、よみがえることはありません。

ソテツが乾燥した岩山や岸壁に生えることは、生存競争に破れた結果だったのかも知れません。ソテツは植物の成長に適さない急しゅんな場所などに生えます。そこは乾燥し、土壌がないので栄養塩類の少ない環境です。ソテツは幹に水分を貯め、その根でシアノバクテリアとの共生関係を結び、光合成の産物である炭水化物を与え、微生物が空気から固定したチッ素をもらって暮らしています。なかなか、したたかな敗者の処世術なのです。

ソテツは雌雄異株です。雌株は葉に直接タネを付けます。タネがむき出しで裸なので、裸子植物といいます。裸子植物を説明するにはソテツを見せるのが一番です。時代を生き抜いてきたソテツには、他にも戦略があったのでした。でんぷん量が豊富な大きな赤い実は、草食動物には魅力的です。大事なタネを食害から守るため、ソテツはサイカシンという自然毒を身に付けました。

南西諸島は台風の通り道になる場所です。単位面積当たりのカロリー生産の高い稲作などは、暴風雨になればひとたまりもありません。生産性の低い農地を持つ島々は、食料が不足しがちです。大正末期から昭和初期に起こった昭和恐慌によって、沖縄では極度の不況に襲われました。さらに台風の来襲、干ばつなどで農村は極度に窮乏し、身売り、移住などが行われ、米が買えず、芋さえなく、野山にあるソテツの実を栄養源にするしかなかったといいます。それがソテツ地獄と呼ばれる悲しい過去です。

猛毒であるソテツの赤い実を食べれば、毒抜きが不完全の場合、肝臓毒もあり中毒で死にます。さらに強い発がん性を持っています。そしてミクロネシアでソテツ類のでんぷんを常食する人々の中には、致命的な神経疾患さえ報告されています。青い海の緑の島はこの世の楽園に見えますが、多くの人がそこで暮らすには困難な場所です。島歌にも出てくる赤い実をつけるソテツは、南西諸島の添景です。しかし何か物悲しい色、風景に思えるのです。

次回は愛好者も多い「東アジア的球果図鑑[前編]」です。お楽しみに。

JADMA

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