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連載

里山のランラン[前編] キンラン・ギンラン

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

里山のランラン[前編] キンラン・ギンラン

2017/04/18

私たちの身の回りにいくらでも空き地があり、たき火で焼き芋を作ることができた時代には、あっちこっちに雑木林が残っていました。春になるとヤマザクラが咲き、ジュウニヒトエやヒトリシズカといった草花が地表に花を咲かせました。ヤエザクラが咲き、ゴールデンウイークが近くなると、身近な雑木林にランを見ることができたのでした。今では、里山は貴重な存在になりましたが、それでも離れ小島のようにまだ点在しています。今回は私たちの身の回りの里山に生えるランの話です。

学生時代、植物観察に夢中だったころはキンランを見る機会はたくさんあったのです。しかし仕事をはじめ、家族ができると、ゴールデンウイークに一人静かに林床を歩く暇はありませんでした。子どもが育ち、自由な時間を得て、ずいぶんと久しぶりにキンランを見た気がします。キンランCephalanthera falcata(セファランテラ ファルカタ)ラン科キンラン属。本州、四国、九州のみならず、朝鮮半島や中国の林床、林縁に生える東アジアのランです。

キンランCephalanthera falcataの種形容語falcataは、花被が鎌状をしていることを表します。この仲間は日本に4~5種確認されていて、最も身近に咲くランだったのです。明るい林の中に美しく咲くランですが、雑木林や里山が開発され、全国で数を減らしています。現在では環境省レッドリストに掲載されてしまいました。

キンランの高さは50cmくらい、大きなものでは70cm程度になります。花径は2cmほどあり、鮮やかな黄金色なのがキンランという和名の由来です。葉は長さ15cm程度、10枚未満で、葉に縦ひだがあります。

単子葉植物のラン科は世界に1万種以上の種があり、被子植物では最も進化した植物の一つとされます。ラン科の花を特徴付けるものは、雄しべと雌しべが合体したずい柱を持ち、外花被3枚、内花被3枚が左右対称に開くことですが、何より不思議な生態は発芽や生育に菌類と複雑な関係を結ぶことです。樹木は光合成で得られる炭素源(糖)を菌根菌に与え、菌根菌はアミノ酸合成に必要なチッ素などのミネラルを樹木に与えます。キンランはその共生関係に割り込み、両方から炭素源とチッ素源を分けてもらい生活するのです。

古い時代、日本はエネルギーを薪炭や木炭に頼りました。クヌギやナラ、ブナ、カシ類がその原料です。人は原料を再利用するため、根から切らずに途中から木を切り、再生させました。木の生育環境を整えるため、人が林に入り作業するために茂る下草を刈りました。里山や雑木林は燃料と堆肥の供給源だったのです。エネルギー革命や肥料革命が進行し、里山の役割が減少しました。そして、下草の手入れもしなくなると里山はやぶになります。増える都市の人口増のために開発も進んだのです。
すると明るい雑木林を生育条件とするキンランは、急速に数を減らしたのです。それでもキンランはたくましく生きています。あるところにはあります。この日、見かけたキンランの数はうれしいことに100をオーバーしていました。

キンランにも仲のよい仲間がいます。それはギンランです。キン、ギンと聞くと仲のよい双子のおばあちゃん、金さん、銀さんを思い出される方もいるでしょう。キンラン、ギンランは同じ場所に生えるのですがギンランは控えめな性格です。ギンランCephalanthera erecta(セファランテラ エレクタ)ラン科キンラン属。種形容語のerectaは直立していることを表しています。

ギンランはキンランよりやや開花が遅く、同じ分布を示します。大きさは栄養状態によるのでしょうが10~20cm程度で小型です。葉は3~5枚程度。花は半開で精一杯です。キンランより菌根菌に依存する度合いが高いといわれます。

キンランと一緒に咲くのはギンランだけではありません。ササバギンラン(笹葉銀蘭)Cephalanthera longibracteata(セファランテラ ロンギブラクテータ)ラン科キンラン属。種形容語のlongibracteataは長い包葉を表し、この種がギンランに比べて葉が細く、長いことを表しています。植物体の大きさはキンランの次に大きく、ギンランより1.5倍程大きいようです。

ギンランとササバギンランの違いです。どちらも東アジアの明るい林床や林縁に生え、開花時期、開花環境は同じです。左はギンラン。右はササバギンラン。違いはササバギンランが大柄で葉がとがり、長いこと、そしてギンランの葉が花より上に展開しないことなどで区別できます。

神の領域である「山岳」に対し、人が暮らす場所を「里」といいます。里に隣接する山は、人の暮らしの影響を永続的に受けます。そんな人と共に暮らす里山が好きなキンラン、ギンランは光エネルギーと水、二酸化炭素で光合成をしますが、地下に張り巡らされた樹木根と菌類の複雑な生態系に割り込み、ちゃっかり栄養をもらって暮らします。人工的に森の複雑系を再現できません。見つけても栽培はできませんので野に置いておきましょう。


次回は「里山のランラン[中編] 地下の世界に魅せられた暗闇のシンビジューム」です。お楽しみに。

JADMA

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