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孔子の木 カイノキ

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後も嘱託として勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

孔子の木 カイノキ

2017/06/13

少し孔子のことを語らせていただきます。なぜならカイノキ(楷の木)の話をするには必要だからです。孔子は日本の縄文時代、紀元前552年に中国大陸、魯(ろ)の国に生まれました。その時代は春秋戦国時代と呼ばれ、社会秩序が崩壊し、暴力で富を奪い合い、人の命が脅かされる戦乱の時代です。基本的人権の尊重、主権在民、法の支配とは無縁な野蛮な時代に、孔子は、人はいかに生きるべきかの指針を与えたのだと思います。孔子の生き方を垣間見ながら、カイノキの話を進めてまいります。

孔子が生まれた場所は魯の国。黄河の中流域に位置し、中原といわれる穀倉地帯にあります。現在では山東省曲阜という城壁に囲まれた古い町です。その名は岐阜県の名前の由来としても知られています。中国の友人は、孔子をひと言でいうと教育者。そして、その生涯は不遇であったといいます。

孔子の言葉を借りて、生涯を見てみましょう。
「吾れ少(わか)くして賤(いや)し」
孔子は結婚することができない、若過ぎる巫女(みこ)が生んだ子でした。幼くして父と別れ、母子家庭という境遇、偏見と貧困の中で育ちます。
「吾れ十有(ゆう)五にして学を志す 」
そして貧しい自分の境遇を脱し、学問で身を起こしたいと青年孔子は考えたのです。
「三十にして立つ」
孔子は礼学を身に着け、他の都市国家に留学して学問を学びます。そして政治家になる決意をしたのです。 
「四十にして惑わず 」
孔子は異例の出世をして50代で魯国の中心で活躍し、善政を敷きますが、失脚してしまいます。
「五十にして天命を知る」
失業後は官職を求め、14年にわたり亡命と放浪を続けますが、権力者は誰も彼の話を聞きません。孔子は旅路の果てにある境地にたどり着きます。過去や現在に対するより、未来を作る教育者たらん。それが自らの天命と孔子は考えました。

孔子の元には多くの若者が集まりました。その弟子は3000人を数え、数多の未来ある青年を育てます。論語は、弟子たちが孔子の言葉をつづったものです。

「朝に道を聞かば、夕べに死すとも可なり」
紀元前479年、孔子は73歳でした。孔子は弟子の子貢にみとられながら息を引き取ったとされます。孔子の墓には、子貢が師をしのび、カイノキを植えたとの石碑があります。2496年前に子貢が植えたカイノキは、今は枯れた株だけが残っています。しかし、タネによって、その木の子孫は代々受け継がれてきました。中国では科挙の試験に合格した者に、カイノキから笏(しゃく)を作り授けたことから、学問の木とされています。

カイノキ(楷の木)Pistacia chinensis (ピスタシア シネンシス)ウルシ科カイノキ属。 種形容語のchinensisはご存じ、中国産という意味です。カイノキは日本には自生しません。東アジアの台湾など、中国では華北から長江以南に生える、落葉の大きな木です。ナンバンハゼの和名もあり、ハゼノキ同様に赤く紅葉する美しい木です。

属名のPistaciaは聞いたことがあると思います。そうです、あのピスタチオです。ピスタチオナッツはPistacia vera(ピスタシア ベラ)ウルシ科カイノキ属の実です。この実を付ける植物は、日照の強い乾燥した地域であるトルコなど、中東に原生する落葉の高木です。 そしてカイノキと近縁、同属なのです。

カイノキの漢字は、楷の木もしくは楷樹です。楷書の楷です。楷書は、一画、一画ごとに筆を離し、漢字を四角く書く書体です。つなげる書体を草書といいます。カイノキという名前は、葉がきれいに対生でそろっていること、枝の出方が整然と整っていることが楷書の特徴に似ているということなのです。カイノキの葉は通常5~6対の偶数羽状複葉をなして独特です。奇数羽状複葉の葉も付きますが、基本形が写真のような複葉です。小葉の数が偶数なので偶数羽状複葉といいます。

カイノキの日本への移入は近年の1915年とされます。それは孔子の墓所からタネを持ち帰ったとされています。あれから100年の時が流れています。カイノキは日本においても孔子廟や大学など教育機関の庭に、孔子の木、学問の木として植えられ、多くの学徒を見守っているのです。

孔子の墓所、孔林は至聖林とも呼ばれ、2500年に渡る孔子とその末裔(まつえい)が眠っています。総面積30ヘクタール、家系墓所としては世界最大。墓碑数10万、1万本もの樹木が植えられ、それは一つの森です。孔子は荒れ果てた戦乱の時代に、人々に精神の拠りどころを示した偉人です。自身は不遇な人生だったのかもしれません。しかし、古代の教育者として弟子たちに敬愛され、時代をへて神格化されていったのでした。

次回は、地下から氷点に近い風が吹き抜ける場所に生える、日本の美しい野生バラの話です。お楽しみに。

JADMA

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