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水草になりたい イトキンポウゲ

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後も嘱託として勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

水草になりたい イトキンポウゲ

2017/09/12

キンポウゲ属の植物は水が好きです。川の縁や湿原、水の中から葉や茎を立ち上げる植物が多く、バイカモのように完全に水没して暮らす種類もあります。植物は太陽の光エネルギーで水を分解して、二酸化炭素を吸収し、酸素を放出します。植物の光合成には光、水、二酸化炭素が必要です。どれか一つでも不足すると植物は生育できません。誰でも、植物でも、一つでも心配事を減らしたいと思うものです。乾燥化が進む地球環境において、水のことが心配です。水の中に戻りたいと思った植物があったとしても不思議ではありません。 

今回のテーマは、今、まさに陸上生活に見切りをつけ、水草へ進化を遂げようとしているイトキンポウゲを取り上げます。

栃木県日光市にある中禅寺湖は、男体山(なんたいさん)の噴火によって生まれ、川がせき止められた堰止湖(せきとめこ)です。1269mの標高にあり、日本では一番高い場所にある湖です。今回の話題に出てくる湖は、この湖の一部でした。流入する土砂によって切り離された遺留湖といわれています。

イトキンポウゲが生えている西ノ湖(さいのこ)には、戦場ヶ原赤沼から低公害バスに乗って行きます。バス停からちょっとハイキングです。夏、赤沼付近は、見事なホザキシモツケの群落でピンク色に染まっています。

戦場ヶ原を通り、西ノ湖へ行く道路は、交通が制限され、低公害バスしか通ることができません。このバスの便利なところは運転手に話せば、好きなところで乗降車ができることです。バス停からしばらく歩きましょう。辺りは美しいカラマツとシラカバの林、そしてウラジロモミが点在します。

目的の西ノ湖は手付かずの原生林に囲まれ、流入する川はありません。そのときの降雨によって水位が変化します。イトキンポウゲを見たときは小さな池のように縮んでいました。湖底は遠浅で砂地です。

西ノ湖は水位が変動する水辺を持ちます。イトキンポウゲはそんな環境に生え、陸と水の際に生育します。そして小さな葉を持つ小さな草なので、遠くからではその存在に気が付きません。この写真の中に生えていますが、分かるでしょうか。

イトキンポウゲRanunculus reptans(ラナンキュラス レプタンス)キンポウゲ科キンポウゲ属。水中と陸上の際に生育します。種形容語のreptans とは、ほふくする、はって根を出した、という意味です。学名種形容語のよいところは生態などの情報が分かるところです。

イトキンポウゲの花は1cmに満たない大きさ、茎葉は幅が2mm程度、糸状で長さ5~10cmです。どこから茎でどこから葉なのでしょう、区別がつきませんでした。自立することができず、はって生育しているのです。陸上植物であれば植物繊維を硬く、強固に作るはずです。

糸状の葉は陸上植物のそれでなく、水の抵抗を受け流すような形態ではありませんか。葉を水に浮かべるのではなく、水の中で生活する茎葉の形態です。イトキンポウゲの葉は水草のように見えます。それでも水の中で生きていくには、まだ何かが足りないのです。

植物は水中から地上へ進出していきました。そして再び水中に戻る種も生まれ、水草類が生まれたのです。この植物もきっと水草になりたいのだと思います。イトキンポウゲは寒冷な北半球に分布し、日本では北海道と本州の一部に自生する準絶滅危惧種です。もし、この植物が生える湖がいつも水を満々とたたえ続けるならば、この植物はやがて水草になっていくのでしょう。

次回は「柴胡、最高 ミシマサイコ」です。お楽しみに。

JADMA

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