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海石榴[その4] ヤブツバキ

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

海石榴[その4] ヤブツバキ

2018/01/16

中国の唐は、618~907年の時代に300年近く続いた東アジアの世界帝国でした。同じ時代、中国東北部から沿海州付近には渤海(ぼっかい)国もありました。日本は大陸の進んだ文化を輸入するため使節団を何度も唐や渤海国に派遣したのです。その遣唐使などが持参したお土産リストが今も残っています。そこには、銀や絹、綿などのほか、海石榴(ツバキ)油が記載されています。

カメリア属の故郷である、長江以南の中国にも、タネから油が搾れるユチャという植物が自生しています。ユチャCamellia oleifera(カメリア オレイフェラ)ツバキ科 カメリア属。種形容語のoleiferaは、油を有するという意味です。唐や渤海国の都は黄河流域にあり、ユチャの原生する地域は当時、中国文明と隔絶された南蛮と呼ばれた辺境にあったのです。その地域より海を隔てた日本の方が距離的に近く、長安や渤海国の都の人々に、ヤブツバキから採れる海石榴油の方が、ユチャより先に知られたと考えられています。

「三日おくれの便りをのせて船が行く行くハブ港」と歌われた、伊豆大島の波浮港(はぶみなと)です。ここは火山の爆発でできた火口湖でしたが、津波で岸壁が崩れ海とつながり、港になったのです。

伊豆大島といえばツバキが有名です。この島のヤブツバキの自生量は300万本といわれます。伊豆大島以外では、長崎の五島列島のヤブツバキが有名で、その規模と自生量は550ヘクタール900万本とされています。

伊豆大島のツバキの純林です。ヤブツバキは島の重要な資源として大切にされています。1~3月に開花したヤブツバキは、9月ごろに実が赤く熟します。その実を収穫すると、1週間程度で実が割れて、真っ黒な大きなタネが顔を出します。

タネを取り出し、さらに1週間乾燥させるとツバキ油の原料となります。

ツバキ油の搾り方はさまざまですが、一般的には熱を加えます。写真は、タネを焙煎しているところです。熱を加えると油が搾り取りやすいのです。

産業革命の現代は動力を使い殻ごと砕き、圧搾する機械がありますが、昔の搾油は大変な作業であったと聞きました。

岩手県大船渡市に伝わる昔の圧搾用の道具です。殻をむいてつぶし、蒸したタネを布袋に入れ、あの手この手で圧力をかけたのです。

東アジアでは、中国と台湾は他のカメリア種から油を搾ります。日本でヤブツバキから油を搾っているのは、主に三地域です。一つは五島列島、二つは伊豆諸島、そしてヤブツバキの北限自生とされる岩手県の気仙地域です。

日本でヤブツバキは、実用植物となっています。観賞用、油糧作物だけの利用ではありません。ヤブツバキはカタシとも呼ばれ、材質が堅いため、木づちや印鑑、箸に利用されています。鉄器がない時代、武器に使ったと神話に出てきます。葉をお茶にして飲みましたが、なかなかオツな味でした。

材質が緻密なヤブツバキの幹は、よい炭になります。エネルギー源を薪炭(しんたん)に頼っていた時代は、貴重な資源だったに違いありません。そして、たき火したり、家にいろりのあった人々は、暮らしの中でその灰に不思議な価値を見いだしました。一つは染物です。紫根染めには、ヤブツバキの灰を媒染剤に使い、その色を固定させたのです。

皆さんは、日本酒を造るときにヤブツバキの灰が必要なのをご存じでしょうか? 日本酒は米を発酵させて造ります。材料は、米と水とこうじです。稲穂についたこうじを雑菌から単離する際に、どの木灰より強いアルカリ性を示すツバキ灰が必要なのです。蒸した米にツバキ灰をかけると強いアルカリ性になります。こうじはアルカリ性に強くこれだけが生き残ります。ツバキの灰は、日本酒の発酵に必要なのです。

私たち日本人にとって、ヤブツバキは身近な存在です。それでいて、なくてはならない生活物資の一つです。いつも目にするからその価値が分かりにくいのかもしれませんが、ヤブツバキは深く東アジア文化の中に根を生やし、花を咲かせていました。

次回は「チューリップとアマナ」です。お楽しみに。

JADMA

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