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連載

本州最東端[前編] サンパチェンス

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

本州最東端[前編] サンパチェンス

2017/05/30

2012年春、横浜から車を10時間走らせてたどり着いた、岩手県宮古市にある中央通商店街は、一面が灰色でした。町を流れる閉伊川(へいがわ)をさかのぼった津波は、底にたまったヘドロを巻き上げ、町を飲み込んだのです。車が通る道には漁船が流れていきました。その漁船が商店街の象徴である、アメリカヤマボウシ(ハナミズキ)の街路樹をなぎ倒していったのです。

ここは本州最東端の商店街です。一番アメリカに近い商店街として、アメリカヤマボウシが花を咲かせ、通りには季節の花がいっぱい咲いていたのです。この町に、元通りの色を取り戻したい。そのように思った人々がいました。甚大な被害にあいながら、私が見る限りにおいて、中央通商店街の復興はどこよりも早かったのではないかと思います。

花が咲けば人が笑顔になる。居心地のよい場所には人が集います。人が集まれば元気が出ます。故郷の復興に花を添える植物の話です。

電信柱に浸水した高さを示す看板があります。この地域では4m程度でした。ヘドロを含んだ津波によって、町は泥の海になり一面が灰色でした。右に見えるのは宮古市にあるコンビニエンスストアです。災害の後、いち早く立ち上がりました。人々の生活を各地で支えたのはコンビニエンスストアだったと思います。

花香る散策路、それが中央通商店街のキャッチフレーズです。町に色を取り戻すためにサンパチェンスも花を添えました。ちょうど植えたばかり6月の様子です。

宮古中央通りのあちらこちらにサンパチェンスは植えられました。植えてから1カ月程度、梅雨の中でもサンパチェンスは咲き続け、7月1日にはこの程度の大きさです。

サンパチェンスは地元の方々の手入れのかいもあり、どの鉢も見事に育ちました。

10月14日になりました。見事な大株です。それにしても花柄もなく、手入れもされ、愛情いっぱいに育ったというのが見て分かります。サンパチェンスは日本で開発された、サカタのタネのオリジナルの花。日本以外にも世界各国で販売されていて好評です。特にアメリカや南ヨーロッパでの人気は日本をしのぐほどです。その理由は、一言で言うと、大きくなり、花を咲かせ続けることです。外国ではサンパチェンスの開花期を評して「Spring to Frost(春から、霜が降るまで)」と言います。通常、暑さに強い植物は寒さに弱いものです。しかしサンパチェンスは、他の亜熱帯、熱帯性植物と比較して寒さに強く、花を咲かせ続けます。

中央通商店街からさらに東に行くと、宮古湾に面する本州最東端のヨットハーバー、リアスハーバー宮古があります。鉄筋コンクリートの丈夫な港と建物でしたが、壊滅的被害を受けたのです。ここの管理人さんはサンパチェンスが好きな方で、自ら苗を購入し、施設に植えていました。

7月1日、波しぶきのかかる岸壁に置かれたサンパチェンスです。さすがのサンパチェンスも塩害には強くないので、波の当たらない場所への移動をお願いしました。

岸壁からほど近い場所でサンパチェンスは大きく育ち、花を咲かせ続けましたが、台風来襲の知らせを受け、管理人さんは大きな鉢を被害の少ない場所に移動するほど手間暇を惜しみません。

そのかいもあって10月14日には写真のような見事な開花となりました。青い海と空とサンパチェンス。絵になります。

このヨットハーバーでは、強い霜が降りるまでサンパチェンスが来場者を迎えました。宮古市に住む友人が真冬の2月にこの場所を訪れたときの写真が左です。「どうしたの?」「なぜサンパチェンスが咲いているの?」と驚きです。

ここの管理人さんは鉢のいくつかを2階の会議室に運び、育てていたのでした。岩手県北部の真冬の温度ではいかに鉄筋コンクリートの断熱施設の中とはいえ、暖かいとは思えません。人のいない夜間は無加温度になります。サンパチェンスにそのような根性があることは知っていますが、育てる方の思い入れ、愛情がなければこのように花を咲かせ続けることはできないと思います。

日本最東端の中央通商店街とヨットハーバーで愛情をいっぱいに吸って咲き続けるサンパチェンス。それは見事というほかありません。そして、育てる方々の思いとその行動に、同じ植物好きとして敬愛の念を感じます。リアスハーバー宮古の向こうに山が見えます。そこは本州最東端の岬がある場所。秘境、重茂(おもえ)半島です。

次回は「重茂半島姉吉(あねよし)地区の人々を救った古い言い伝えと、そこに生える植物」です。お楽しみに。

JADMA

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