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和風な春の妖精 ヒトリシズカ

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後も嘱託として勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

和風な春の妖精 ヒトリシズカ

2018/03/27

舞の名手であり、源義経との恋愛の果てに、生まれたばかりの赤子を頼朝によって殺害されたとされる薄幸の女性、静御前。春4~5月、東アジア北部の雑木林にひっそりと咲くヒトリシズカは、静御前にちなんだ植物です。小さな体ですが立ち姿が美しく、清楚でシンプルな花を付けます。それは、花と呼ぶにはあまりに単純すぎて、とても奇妙に見えます。

ヒトリシズカChloranthus japonicus(クロランサス ヤポニクス)センリョウ科チャラン属。ヒトリシズカは春の盛りに、湿り気のある林床もしくは林縁で、花を咲かせます。高さは10cm程度、ツヤのある葉を4枚持ち、その中心に1本の穂状花序を付けます。葉は輪生のように見えますが、間隔が狭く2対の対生です。この植物の分類は、センリョウ科です。まず、センリョウのことを語りたいと思います。

センリョウは、お正月の縁起植物として赤い実が人気です。この植物は、日本の南関東を北限として東アジア照葉樹林帯の薄暗く、湿った林床に原生します。センリョウSarcandra glabra(サルカンドラ グラブラ)センリョウ科サルカンドラ属。種形容語のglabraとは、裸の、毛のない様を表します。誰でも知っているセンリョウなのですが、かなり変な植物なのです。

センリョウの開花期は6~7月。写真に写っているのがセンリョウの開花です。がくや花びらはありません。雌しべの脇に付いているのが雄しべです。よく見ると雄しべの先端には黄色い葯(やく)が付いています。目立った花被をつけない裸子植物に似た構造ですが、風に乗って花粉が媒介される風媒花でもなさそうです。

受精が完了すると子房が膨らんで、雄しべは役割を終えます。先ほど、花の構造が裸子植物に似ているといいましたが、裸子植物と、被子植物であるセンリョウとの共通性が研究者によって指摘されています。それは、根から水を運ぶ道管という組織が、この植物にないのです。そして、裸子植物と同じ仮道管という構造を持つというのです。

※赤く色づいた実の横に雄しべの痕跡が付いて見えます

センリョウに花被がないこと。裸子植物と同じ仮道管を持ち、乾燥と寒さに弱いこと。直射日光を嫌い、薄暗く湿った環境を好むことを考えると、この植物が、二酸化炭素濃度が高い古代の環境の中で進化した、起源の古い植物だということを想像させてくれます。

以上を踏まえて、ヒトリシズカの花を見てみましょう。花粉を受け付ける準備ができている柱頭が雌しべの先端に見えます。雄しべは1本ですが、3つに分かれています。長さは約5mmほど 。雄しべの下には、黄色い葯が見えます。確かにセンリョウとの共通性が確認できました。

いくつか、ヒトリシズカの仲間を紹介します。キビヒトリシズカ(吉備一人静)Chloranthu fortunei(クロランサス フォーチュネイ)センリョウ科チャラン属。種形容語のfortuneiは、人命を表します。和歌山県以西の東アジアに稀産する植物で、葉に照りがなく花糸が長い植物です。

写真は、少し大づくりで静御前のイメージはありません。大陸のヒトリシズカはChloranthus holosutegius(クロランサス ホロステギウス)という名前です。長江以南の雲南や四川などに生える植物です。

ヒトリシズカは、葉の展開と同時に花を付けます。咲き始めの植物は、葉緑体の準備が整っていないのか赤い色素をまといます。日光を浴びると葉に活性酸素がたまるので、葉緑素の代わりにアントシアンがその役割を担うのだと思います。

横浜市北部。今でも雑木林の欠片(かけら)が、離れ小島のように住宅地の中に残されます。ここでは、昔から里山で暮らしてきたヒトリシズカがひっそりと暮らしていました。本格的な春はもうすぐです。きっと今年もヒトリシズカは、日本の各地で花を咲かせるはずです。

次回は「風の花[前編] Anemone(イチリンソウ属)」です。お楽しみに。

JADMA

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