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小さな沢植物[後編] ネコノメソウ属

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

小さな沢植物[後編] ネコノメソウ属

2019/04/16

小さな沢付近の岩場に生える植物、後編はネコノメソウの仲間です。全国の谷筋や湿地、多湿な場所に生え、果実が裂けるとネコの目のように見えるのでネコノメソウといいます。世界に分布するネコノメソウ属は東アジアに多く、日本の急峻(きゅうしゅん)な渓谷林の中で種分化を起こし多くの固有種を生み出しました。

まったくネコというやつは、自分勝手で何を考えているのか分からない、人に寄り添うようで、実は自分の都合しか考えていない気もする、えたいがしれない生き物だと思います。植物のネコノメソウも種類が多く似ていて、どれがどれだかえたいがしれません。

ヤマネコノメソウChrysosplenium japonicum(クリソスプレニウム ジャポニカム)ユキノシタ科ネコノメソウ属。属名のChrysospleniumとはchrysos(黄金の)+splen(脾臓 ひぞう)の合成語です。黄色い葉や苞葉を持つ種が多いこと、ある種を脾臓の薬に使ったことが由来です。種形容語のjaponicumとは日本を表しますので日本の固有種のような名前ですが、東アジアに広く自生する広域分布種です。

ヤマネコノメソウ。ネコノメソウ属は小型の植物で、複雑な花序を持ち花弁を持ちませんがくや苞葉が花のように見えるのです。

気の早いネコノメソウの仲間は、桜の咲くころになるとそろそろ種を付け始めます。果実が熟すると皿型になり小さな種を付けました。なぜこのような形状になるかというと、ネコノメソウ属は、雨滴によって種を拡散させるからです。そのような種の飛ばし方を雨滴散といいます。小さな花たちには雨粒は大砲の弾みたいな威力があるのです。

ヨゴレネコノメソウChrysosplenium macrostemon var. atrandrum(クリソスプレニウム マクロステモン アトランドルム)ユキノシタ科ネコノメソウ属。こちらは日本の固有種で種形容語は大きなおしべを持つという意味です。変種名のatrandrumとはatratus(黒く汚れた)という意味を持ちます。和名のヨゴレネコノメソウとは学名を読み換えたものと推測されますがひどくかわいそうで不名誉な名前だと思います。

ヨゴレネコノメソウは、イワボタン(ミヤマネコノメソウ)Chrysosplenium macrostemon の変種で、特に葉の色が黒くなるようなグループに名付けられたようです。日本の関東地方から西の太平洋側に原生します。

ヒメヒダボタンChrysosplenium nagasei var. luteoflorum(クリソスプレニウム ナガセイ ルテオフローラム)ユキノシタ科ネコノメソウ属。種形容語は、この種を発見した長瀬氏にちなみ、変種名は黄色い花を意味します。日本の固有種であるヒダボタンの地方変異種です。

小さなネコノメソウの中でもさらに小さく、花が咲いていないとコケにしか見えないネコノメソウがあります。季節は3~5月、沢沿いの湿った岩肌にかわいいネコの群れを発見しました。

ハナネコノメChrysosplenium album var. stamineum(クリソスプレニウム アルバム スタミネウム)ユキノシタ科ネコノメソウ属。種形容語のalbumは白い花を表し、変種名のstamineumは顕著なおしべを持つという意味です。日本の固有種で渓流や小さな沢など、空中湿度が高い場所の岩などに群生します。

ネコノメソウ属に花弁がないことは前に述べました。ハナネコノメの白く見えるのは花弁ではなくがくです。これは、クリスマスローズのがく片のようにしばらくすると緑になります。ハナネコノメがかわいいのは、おしべの先に付く葯(やく)が赤いことです。ネコノメソウ属の中で最もきれいなのは、このハナネコノメだと思います。しかし、小さすぎてコケのようで、高さは5cmくらい、がくの大きさは1cmに足りません。

ネコノメソウChrysosplenium grayanum(クリソスペレニウム グラヤヌム)はヤマネコノメソウに似ていますが、こちらが本家本元のネコノメソウです。日本固有の植物で葉が対生に付くことを特徴としています。

ヨゴレネコノメソウの小さな苗です。渋くていい色です。

日本の山地に行けば谷あいに渓流がありきれいな水が流れています。沢からは水が染み出しその周りに木々たちはうっそうと茂ります。私たちには見慣れた風景かもしれませんが、そんな環境は日本という国を代表する景色であり生態系なのかもしれません。なぜなら、そこには日本にしか生えない日本の固有種が数多く生息しているからです。

次回は「渓谷の植物 セントウソウ」です。お楽しみに。

JADMA

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