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連載

延胡索[前編]

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

延胡索[前編]

2020/03/17

今年も各地で春の妖精たちが咲いています。記録的暖冬だった今春は、とりわけそれらの開花も早いようですので、Plant of Xi’an 秦嶺七十二峪の執筆中ではありますが、季節の花の話題をお伝えしたいと思います。

春の訪れをいち早く知らせてくれる春の妖精たちは、落葉広葉樹が葉を広げる前に葉を出し、花を咲かせたかと思うとさっさと店じまいし長い眠りにつきます。そんな花たちの中でもエンゴサク(延胡索)の仲間は、奇妙な花の形と色彩で見る人の心に深く印象に残る花だと思います。

エンゴサクの仲間は植物学的には、ケシ科ケマンソウ亜科キケマン属(Corydalis)に分類されています。ケシとは似ても似つかない植物ですけれど! キケマン属は世界に広く多くの種を分布しますが、東アジアの中国が分布の中心地になっていて日本にも各地にさまざまな種が生息しています。分類が難しい種なので、なるべく触れるのは避けていたのですが、いつまでも逃げられないのでエンゴサクの仲間について記述しておこうと思います。

キケマン属は宿根草もしくは冬を越えて春に咲く一年草です。宿根草の性質を示す種は地下に塊茎を付け、一年草タイプは花の後にたくさんの種(タネ)を飛ばします。写真の左側がジロボウエンゴサクで塊茎性の宿根草。右側がムラサキケマンで一年草です。いずれも葉が根から生える軟弱な根出葉を付け、形状は三出の複葉が基本です。

キケマン属の奇妙な花を少し解説しておきます。花弁は4枚、先端は虫が止まれるよう唇弁になっています。上弁は後ろに細長く伸びて、蜜をためる距を作ります。これが基本的なキケマン属の外見的特徴です。

キケマン属の花の内側はどのようになっているのでしょうか? ムラサキケマンの花を解剖してみました。上弁から伸びた距が袋状の形状をしています。大きな子房を付けた雌しべが1本、黄色の葯(やく)を付けた雄しべが2本でした。

キケマン属には○○エンゴサクと名の付く一群があります。キケマン属の中で塊茎を付ける種を○○エンゴサクと呼んでいるようです。エンゴサクとは薬草名の延胡索(yán hú suǒ)に由来します。中医薬では写真のような塊茎を乾燥して薬にするのです。毒も薬もさじ加減なのかもしれませんが、ケシ科の植物は有毒と決まっているので素人の民間療法は危険です。

全てのエンゴサクと名が付くものが薬用になるのかというとそれは違います。中医学や漢方で使うのは、チョウセンエンゴサクの塊茎です。その効用は「苦味にて止痛」とされています。ケシ科の植物ですから分かる気もします。

チョウセンエンゴサクCorydalis turtschaninovii (コリダリス トゥルチャニノヴィイ)ケシ科キケマン属。

チョウセンエンゴサクは、東アジアの中国東北部から朝鮮半島の林床に生息し日本に分布はありません。また、小さなササのような形状の葉を持ち、薄い赤紫色の花が特徴的です。早春に開花するとすぐに地上部を枯らして眠りにつきます。

日本にもエンゴサクと名の付くキケマン属がいくつかあります。

ジロボウエンゴサクCorydalis decumbens(コリダリス デクンベンス)ケシ科キケマン属。種形容語のdecumbensとは「横臥した、伏した」という意味です。

ジロボウエンゴサクは、日本では関東以西に、東アジアでは揚子江以南に原生しています。中国では夏天无(xia tian wu)といいます。人里近くに生え、見るからにかわいらしい花を楚々(そそ)として咲かせるので、出合えるとうれしいエンゴサクです。

キケマン属エンゴサクの仲間の区別が難しいことはすでに述べました。その同定に際し、苞葉(ほうよう)の形状の違いが参考になるのです。苞葉とは、蕾を保護する葉のことです。ジロボウエンゴサクの苞葉は切れ込みがないのが特徴とされています。

ジロボウエンゴサクにも花色の違いや地域性があってさまざまなバリエーションがあります。私の住んでいるのは神奈川県の横浜市です。この地域ではジロボウエンゴサクは少ないのですが、程近くに群落があって毎年このような花を咲かせます。

ジロボウエンゴサクを掘り上げてみました。このような塊茎がありました。塊茎を付ける宿根草のキケマン属は、一年草のキケマン属に比べ、花を付ける数が少なく楚々としているのが特徴です。

次回は「延胡索[中編]」です。お楽しみに。

JADMA

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