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連載

延胡索[後編]

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

延胡索[後編]

2020/04/07

居心地が悪くなると地上部を枯らし、地下部の塊茎(かいけい)でのんきに寝て暮らすエンゴサクの仲間とは違い、一年草タイプのキケマン属は命を懸けて種(タネ)をたくさん作りばらまきます。自らの複製を全て種(タネ)に託す一年草の危機管理は、数打てば当たるという戦略です。さらにキケマン属にはある工夫があったのでした。

キケマン属のうちで最も広く原生があり、多くの人に知られているのがムラサキケマンだと思います。日本全土はもちろん、東アジアに広く原生し雑草として繁茂しているからです。

ムラサキケマンCorydalis incisa(コリダリス インキサ)ケシ科キケマン属。種形容語のincisaは、「鋭く裂けた、深裂する」という意味でムラサキケマンの葉の様子を表します。

写真で見て分かる通り、塊茎を作る宿根草タイプのエンゴサクの仲間と一年草タイプのムラサキケマンでは、花数がまったく違い、全体のボリュームも一年草タイプの方が大きいのが分かります。ムラサキケマンは50cmぐらいの大きさになります。

ムラサキケマンのさやです。この様子が仏堂の飾りである華鬘(けまん)に似ているからケマンというのだと思います。種(タネ)が熟しさやが乾くと2つに裂けて巻き上がり種(タネ)をはじき飛ばします。それはバラバラと音がするくらいの勢いなのです。

種(タネ)は真っ黒でピカピカです。注目してほしいのは種(タネ)に付いている透明な付属物です。これは、Elaiosome(エライオソーム)という脂肪や糖の塊なのです。これは、アリの大好物でせっせと巣に持ち帰り、これを食べ終わると周りに種(タネ)を捨てるのでキケマン属の種子が旅をするわけです。

キケマン属の中でエライオソームが最も大きいのがキケマン属キケマンの仲間です。それは、種(タネ)を包むベールのようにも見えます。キケマン属は種(タネ)を付け、ばらまくだけでなく、種の拡散にアリを使うことにより進化したアリ散布植物の一つとされています。

さて、ムラサキケマンには3つの品種が記載されています。1つ目は、紹介した紫色のムラサキケマン。2つ目は、唇状の花弁の先に紫を残しながら距が白いシロヤブケマンCorydalis incisa f. pallescens3つ目は、全体が白いユキヤブケマンCorydalis incisa f. candidaです。品種名の pallescens(パレスケンス)とは淡白色を表し、candida(カンディダ)とは白色を表します。

ムラサキケマンには三つの品種が記載されています。

ムラサキケマンのお話が終わったところで、いよいよキケマン属の本家本元である黄色の花を付けるキケマン属を紹介していきます。この仲間は難物でよく分からないのが正直なところです。

キケマンCorydalis heterocarpa var. japonica(コリダリス ヘテロカルバ ジャポニカ)ケシ科キケマン属。変種名のjaponicaが付いています。母種はツクシケマンCorydalis heterocarpa var. heterocarpaとなっています。種形容語のheterocarpaは、違う形の果実を表しています。それはキケマンの果実が平さやで、母種の果実が数珠状の果実を付け、同じ種間でさやの形状が違うからです。キケマンの仲間は、果実の形状が種を特定する重要な目印になっています。

キケマンは暖地系のキケマン属で、日本では関東以西に分布し、他の東アジアでは揚子江以南に分布しています。この写真は沖縄の海岸に生えている様子を撮影したものです。

暖地系のキケマン属に対し、寒地系の黄色いキケマン属がミヤマキケマンです。

ミヤマキケマンCorydalis pallida var. tenuis(コリダリス パリダ テヌイス)ケシ科キケマン属。種形容語のpallidaは淡い色合い、変種名のtenuisは「細い」を意味し、深く裂けた葉の形状を表しています。

写真はミヤマキケマンを岩手県の山間部で撮影したものです。本州の近畿地方から北に分布し、北海道にも生息しています。変種名の通りに羽状の複葉が細かく切れ込んでいるのですが、キケマンの仲間は、同定するのに葉の形状があまり参考にならないので困りものです。

難しいキケマン属の種の区別ですが、すぐにそれと分かる種もあります。キケマン属はほとんどが春に咲くのですが、この種は秋に咲くからです。撮影は9月29日です。遠方ではコスモスが咲いていました。

ナガミノツルケマンCorydalis raddeana(コリダリス ラッデアナ)ケシ科キケマン属。それは、総状の長い花序を出し、驚くほどたくさんの花を咲かせます。

ナガミノツルケマンの種形容語のraddeanaは、ドイツ人の自然主義者Gustav Ferdinand Richard Radde(グスタフ・フェルディナント・リヒャルト・ラッデ)に献名されています。貧しい家庭に生まれた彼は、高校卒業後すぐに働きました。そして東シベリアの探検隊に参加し多くの植物を採取したのでした。ナガミノツルケマンはシベリアを含む東アジアに生息しています。日本では全国の山地などに分布していますが、その数は少ないと思われます。

キケマン属の記述を終える前に、種が不明のキケマン属を紹介したいと思います。

写真のキケマン属は中国中部の渓谷では普遍的に生息していました。Corydalis spp. キケマン属は、東アジアが分布の中心。とりわけ種が多く同定の難しい植物です。本編も不十分ではありますが皆さまの参考になれば幸いです。

次回は「からかさお化け ヤブレガサ」です。お楽しみに。
→著者都合で、次回は「星咲き木蓮 シデコブシ」に変更になりました。

JADMA

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