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マンテマ属[その2] 仙翁花(センノウゲ)

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

マンテマ属[その2] 仙翁花(センノウゲ)

2023/06/27

ナデシコ科マンテマ属に「センノウ」と呼ばれる一群があります。それは仙翁花(センノウゲ)と呼ばれる、ある園芸植物の形態とイメージによってグループ化された呼称群だと思います。この仙翁花という植物は、奈良時代の遣唐使によって、中国から持ち込まれたものとされています。

センノウゲ

センノウゲ(別名センノウ)Silene senno(シレネ センノウ)ナデシコ科マンテマ属。センノウという名称は、この植物が伝えられたとされる京都府の仙翁寺に由来するとされています。センノウゲは、いにしえの時代から現在に至るまで、茶花や園芸植物として、愛好家によってほそぼそと栽培され伝えられてきたのです。私も今に伝わるセンノウゲの株を育てたのですが、なぜか種子を付けませんでした。

センノウゲについて文献を調べてみると、1775年の江戸時代に来日し日本の植物を研究した、Carl Peter Thunberg(カール・ピーター・ツンベルク、1743~1828)は、センノウゲをアメリカセンノウSilene chalcedonica(syn. Lychnis chalcedonica)として扱いました。ツンベルグの後に来日したPhilipp Franz Balthasar von Siebold(フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト、1796~1866)は、センノウゲをアメリカセンノウSilene chalcedonicaではなく、エゾセンノウSilene fulgens(syn. Lychnis fulgens)に近い植物であり、「美しい深紅色の花の他に、雑色やくすんだ白などいくつかの変種がある」と記しました。さらに「種子は9月に実る」と書いているのです。こうした記録は、現代のセンノウゲに矛盾しています。センノウゲの色は、カーマインレッドしかなく、そして種子を作れません。

アメリカセンノウ

アメリカセンノウSilene chalcedonica(シレネ カルセドニカ)ナデシコ科マンテマ属。これが、Thunberg(ツンベルク)がセンノウゲとして日本植物誌の中で扱ったアメリカセンノウです。種形容語のchalcedonicaは、黒海の出入り口であるボスポラス海峡に位置するトルコの古代都市、Chalcedon(カルケドン)に由来します。このアメリカセンノウは、アメリカ大陸に原生していません。もともと中国北西部からモンゴル、ロシアの中東部と南部などに分布生息している植物です。なぜ、この植物がアメリカセンノウと呼ばれるのか不明です。

アメリカセンノウは、丈が50~60cm、花の大きさは2.5cmでスカーレットの花色。一方でセンノウゲは、丈が最大で100cm、花の大きさは3.5cm、花色がカーマインレッドで花弁が細かく切れ込んでいます。アメリカセンノウは、センノウゲとかなり異なった植物であることが分かります。アメリカセンノウをセンノウゲとしたツンベルグの間違い。シーボルトが鑑定した色幅があり、種子を付けると記されたセンノウゲは、本当にセンノウゲだったのか疑問です。

センノウゲ

このセンノウゲという植物には、いくつもの不明な所があります。
①中世~江戸時代に、アメリカセンノウやエゾセンノウ、ツクシセンノウなどの野生種が栽培されていた可能性があり、それらの総称がセンノウゲといわれていたかもしれないこと。
②通説の通り、遣唐使によって中国から不稔(ふねん 花器の異常のため受粉しても種子ができないこと)の園芸種が日本に持ち込まれたとしても来歴があやふやなこと。
③古く日本で園芸的に作られた、センノウ類の種間交雑種である可能性もあるかもしれないこと。
センノウゲは、種子ができない三倍体とされています。であれば、自然界で繁殖ができないので野生種ではありません。誰かが、どこかで作った種間交配種です。

センノウゲは、センノウ類の中で開花が最も遅く、大型の宿根草です。種子が付かないので、栄養繁殖になりますが、繁殖率が悪く、挿し木で増やすのも困難です。センノウゲは園芸植物なのに、まれにしか栽培されない理由が分かりました。

ガンピセンノウ

次も日本に原生はなく、古くからセンノウゲ同様に園芸植物として栽培されてきた、センノウ類です。ガンピセンノウSilene coronata(シレネ コロナータ)ナデシコ科マンテマ属。この植物をSilene banksiaとする説もあります。この植物も、いつ誰が日本に持ち込んだのか不明です。この植物がSilene coronataだとすると、原生地は四川省、浙江省、江蘇省、江西省の200~1500mの草原、疎林(そりん)※だと『flora of china』には記されていました。

※疎林…樹木がまばらに生え、枝や葉の密度が薄い森林のこと

ガンピセンノウの種形容語coronataは、coronatus(コロナタス)のこと。それは花冠のある、王冠を頂いた、冠のあるという意味です。ガンピセンノウの大きな5枚の花弁、その中心部にある小さな付属物、副冠が分かるでしょうか?しかし、この副冠は、ガンピセンノウに限った特徴というわけではありません。和名のガンピという名の由来は分かりませんでした。

ガンピセンノウは、センノウ類の中で1番大輪で早咲きです。5~6月に5cmほどの大きな花を咲かせます。全身繊毛のあるセンノウゲと違い、茎葉に毛はなく花茎を立ち上げます。背丈は50cmぐらいでした。

そして、ガンピセンノウ最大の特徴は、この明るいオレンジ色の花色だと思います。これも採種にチャレンジしましたが、種子が付きませんでした。挿し木でもうまく根が出ず、ガンピセンノウもまれな園芸植物である理由が、繁殖の難しさにあるのだと実感しました。これもまた、センノウゲ同様によく分からない植物なのでした。

エンビセンノウ

マンテマ属[その2]の最後に、エンビセンノウSilene wilfordii(シレネ ウィルフォーディー)ナデシコ科マンテマ属を紹介しておきます。このセンノウは、1枚の花弁が4枚に深く裂け、そのうちの2枚が突出するように伸びることが最大の特徴です。それが、ツバメの尾のようなのでエンビセンノウといいます。種形容語のwilfordiiは、中国北部や朝鮮半島を探訪したイギリスの植物学者Charles Wilford(チャールズ・ウィルフォード、?~1893)に献名されています。エンビセンノウは、日本の中部から北海道、国外では朝鮮半島からロシアにあるウスリー地方の山地の湿地などに原生しますが、生息する集団サイズが小さいため、希少な植物となっています。

次回は、「マンテマ属[その3] フシグロセンノウとマツモトセンノウ」です。お楽しみに。

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