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ハマゴウ属[前編]

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

ハマゴウ属[前編]

2023/07/11

2023年7月17日は、海の日です。四方を海に囲まれた島々からなる日本は、いろいろな意味で海の恵みで成り立っている国です。日本の海岸線の長さは約3万km、地球一周分の長さが約4万kmと考えると、すごい長さです。

「狭い日本」といわれていますが、この国の排他的経済水域の広さや海岸線の長さは、大きな国土を持つ国に引けを取りません。そして、南北に約3000kmの長さがあります。寒流と暖流が陸地の近くを流れるので、南と北の生物がすみ分けて生息する複雑な海域でもあります。そんななぎさを歩くのは、心が癒やされ、そしてとてもわくわくする時間です。

海岸は、たくさんの生き物のすみかです。暖海の波打ち際では、たくさんの貝殻を見つけることがあります。その中でも落ちていると必ず手に取ってしまうのがタカラガイでしょう。全世界には、200種を超えるタカラガイ科の貝類がいます。日本の沿岸でも80種を超えるタカラガイが確認されています。根気がある方で運がよければ、その半数にあたる、40種類程度を波打ち際で見つけられると思います。上の写真は、私がなぎさで見つけたタカラガイの仲間40種です。

では、タカラガイの残り40種は海辺で拾えるのでしょうか?それは、とても難しいと思います。タカラガイは、暖かい海の生き物で、日本での生息数が少ないものもあります。そして、深い深い海の底にわずかに暮らすものもあり、おそらく一生をかけても、日本に生息する全てのタカラガイを手に入れることはできないと思います。「貝三代」という言葉があります。あらかたの貝殻を集めるには3世代の人生が必要だという意味です。貝殻一つとっても、海は正体の知れない多くの生き物が暮らす不思議な生物圏※です。

※生物圏…生物が住むところ、領域

水の中で息のできない私たちに、海の中のことはよく分かりませんが、海岸線を生活圏としている、陸の動物や植物のことなら、少しは分かります。波打ち際から少し離れて、海と陸との境界線(海岸線)には、海浜植物の群落※があります。南西諸島の波当たりの強い砂浜では、アダンPandanus odoratissimusやモンパノキHeliotropium foertherianumなどが群落を作ります。

※群落…自然環境で、生育条件を同じくする異種の植物が群がっていること

ハマボウフウ(中央)と、その周りに生えるコウボウムギ

温帯域の砂丘海岸では、コウボウムギCarex kobomugiやハマボウフウGlehnia littoralisなどがよく見られます。海辺の環境は、過酷で日差しが強く、水はけがよ過ぎるので乾燥します。絶えず吹き付ける潮風で背丈を高く伸ばすことも難しいのです。時には波をかぶることもあり、塩水を防止するために、葉に防御皮膜を作ります。

内湾や河口には、細かい砂や泥が堆積して干潟ができます。沖縄県などでは、マングローブという海浜植物の生態系ができ、独特の群落になります。

北の海岸では、ハマナシRosa rugosa(ロサ ルゴサ)バラ科バラ属という野生のバラが浜辺を彩ります。ハマナシは、砂浜でも岩礁海岸でも生息する適応力を持っています。南北に長い日本各地の海岸は、何という豊かな海浜植生でしょうか!いろいろな植物たちと出会えます。

さて前置きが長くなりましたが、今回は、そうした海浜植物の一つであるハマゴウ属の植物記です。ハマゴウVitex rotundifolia(ウィテクス ロタンジフォリア)シソ科ハマゴウ属。属名のVitexは、結合を表します。日本の植物分類表の表記はウィテクスですが、英語読みではバイテックスです。上の写真で、左から長く伸びるグンバイヒルガオの前面に出て、海と陸の際に生えているのがハマゴウです。

ハマゴウの種形容語rotundifoliaは、円形の葉を持つという意味です。ハマゴウは、暖地の植物です。熱帯では常緑を保ち、温帯域では葉を落とし寒さに耐えます。日本の分布域は、北海道を除く、本州、四国、九州、沖縄の海岸線に生息とされていますが、北海道南部で少数の分布を確認したという論文を読みました。

ハマゴウの漢字は、「浜栲」と書くのが一般的ですが、この植物はシソ科で芳香があり、ハーブとして利用することから「浜香」と書くこともあるのだとか。長い地下茎で浜にマット状に広がるので「浜這(ハマハイ)」ともいうらしいです。

ハマゴウの草丈は、50~60cm程度。開花期は初夏から夏、円錐花序(えんすいかじょ)を立ち上げ、薄い紫色の唇弁花(しんべんか)を開花させます。ハマゴウの花は、下の花弁が大きく飛び出て、訪花昆虫の着陸地になっています。そのような花弁を唇形花(しんけいか)といいます。雄しべは4本、雌しべは1本ですが、その先端は、二つに分かれています。

ハマゴウの果実は、球形で秋に成熟し、暖流に乗って旅をします。ハマゴウの日本における分布は先ほど書きましたが、海に国境はなく、オーストラリア、ニューギニア、ポリネシア、ミクロネシア、インド洋の島々、南シナ海、東シナ海など、生息の範囲はまさに広大です。

ミツバハマゴウ

ハマゴウ属は、熱帯起源の植物。世界に200種ともいわれ、日本には3種ほどが生息しています。ミツバハマゴウVitex trifolia(ウィテクス トリフォリア)シソ科ハマゴウ属。種形容語のtrifoliaは、三つの葉という意味です。沖縄県の奄美大島以南の海岸から少し離れた場所に生息し、葉が三つに分かれるのが特徴ですが、二つに分かれるものや一つの葉のものもあります。さらに先島諸島から南には、葉が五つに分かれる、ヤエヤマハマゴウVitex bicolor(ウィテクス バイカラー)シソ科ハマゴウ属が分布しています。

これから海水浴などで海に親しむ季節です。その折りには海浜植物のハマゴウが青い花を咲かせているかもしれません。

次回は、海から離れて暮らす「ハマゴウ属[後編]」です。

JADMA

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