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連載

水の滸(ほとり)[その11] タヌキモとさまざまな水草

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

水の滸(ほとり)[その11] タヌキモとさまざまな水草

2023/11/07

水の滸シリーズを10回続けました。11回目の今回は、最終回です。前回は「ムジナ」と名の付く食虫植物の水草についての所見でしたが、今回は「タヌキ」と名の付く水草などについてのお話です。ムジナモとタヌキモが、同じような形状をしているのは「他人のそら似」です。前半はナデシコ目に分類され、後半はシソ目という区分です。

タヌキモ属は、生態的にタヌキモの仲間とミミカキグサの仲間に分れます。このシリーズでは、水草としてのタヌキモ属についてのみ取り上げたいと思います。タヌキモたちは、ムジナモと同じように根はなく、水中に茎や捕虫嚢(ほちゅうのう)といわれる水中に生息する小動物を捕獲する嚢(のう)を平面的に展開する肉食性の植物です。

タヌキモ属の属名Utricularia(ウトリクラリア)とは、この種属が水中もしくは、地中で小動物を捕らえる「小さな嚢」を持つという意味です。ムジナモは、小動物を挟み込む捕虫葉(ほちゅうよう)を持っていましたが、タヌキモ属は、負圧(ふあつ)を持った捕虫嚢という落とし穴で獲物を捕まえます。

※負圧…内と外の圧を比較したときに、内部の圧が低くなっている状態のこと。

この植物は、水に棲む小さな虫たち、ミジンコ、ボウフラ、センチュウ類、稚魚など嚢に入る小動物なら何でも自らの栄養源にします。捕虫嚢の色は、透き通るような透明なのですが、プランクトンなどを、たらふく食べた嚢は黒く変色しています。この嚢の中で何かしらの化学反応が起きているようです。

この種属は極地と乾燥地を除き、全世界に分布していて、200種を越える意外と大きなグループです。その80%は水で飽和された陸地や岩肌などに生育するミミカキグサと呼ばれる陸棲(りくせい)種で、タヌキモという水棲(すいせい)種は20%ほどです。そのことから、水棲種は、陸棲種から進化したものだと推定されています。

タヌキモの仲間を栽培したことがあります。この小さな塊が、半年後に30×60cmの容器いっぱいに広がりました。さらに植物体のわずかな断片からも再生して、大きく育つ姿が観察されました。その事実は、この植物が世界的に広域分布していることを裏付けます。遠く旅する水鳥の足に、この断片が付着したらどうでしょうか。そして、中継地や目的地の水辺で、それは再生されることになります。

オオバナイトタヌキモ

オオバナイトタヌキモUtricularia gibba(ウトリクラリア ギッバ)タヌキモ科タヌキモ属。種形容語のgibbusは、「こぶ・膨らみ」のこと、それは花冠(かかん)中央の膨らみを意味しています。この種は、アメリカ大陸、ユーラシア、アフリカ、アジア南部などの広範囲に原生するタヌキモ属です。栄養状態がよいと一年中開花して、1~1.5cm程度の鮮やかで大きな黄色い花を咲かせます。

オオバナイトタヌキモは、糸のような葉状茎を旺盛に伸ばし、マット状に生育して水面を覆い尽くします。このようなマットが形成されると、よく花を咲かせるようになるのです。

ミカワタヌキモ

このオオタヌキモに対し、ミカワタヌキモUtricularia exoleta(ウトリクラリア エキソレタ)タヌキモ科タヌキモ属という種があります。別名をイトタヌキモといい、日本では関東から西に生育し、東アジア、インド、オーストラリア、アフリカなどにも分布します。オオタヌキモに比べ、花が5mmほど小さいとされます。しかし、私の経験から言わせてもらえば、花の大きさは、開花時期や栄養状態によって変りました。ミカワタヌキモとオオバナイトタヌキモが、実は同種だという説に私は賛成です。

サジオモダカ

このシリーズを閉じる前に、他に知見を得た水草を紹介していきます。サジオモダカAlisma plantago-aquatica var. orientale(アリスマ プランタゴ アクアティカ オリエンターレ)オモダカ科サジオモダカ属。属名のAlismaは古い言語で水を表します。種形容語のplantago-aquaticaは、ミズオオバコに似ていること、変種名のorientaleは、東方を意味します。それは、浅い水の中から抽水する水草です。この植物が属するオモダカ科には、世界に11~17属あるとされ、100種ほど生育しています。日本にもオモダカやアギナシなどを見ることができます。

タイリンオモダカ

オモダカ科には、大きな花を付ける水草もあります。タイリンオモダカSagittaria montevidensis(サギッタリア モンテビデンシス)オモダカ科オモダカ属。水底から抽水する大柄の水草で、夏に3cm程度の花を付け、東アジアでも植栽されています。属名のSagittariaは、葉の形である鏃(やじり)を表し、種形容語のmontevidensisは、ウルグアイの首都であるモンテビデオを意味します。

ミズヒナゲシ

次はタイリンオモダカより、もっと大きな花を咲かせる、南アメリカに生育するキバナオモダカ科の水草です。ミズヒナゲシHydrocleys nymphoides(ヒドロクレイス ニンフォイデス)キバナオモダカ科ヒドロクレイス属。ミズヒナゲシと日本では呼ばれていますが、確かに花がカリフォルニアポピーに似ています。属名のHydrocleysとは、hydro(水)とkles(鍵)の合成語、種形容語のnymphoidesとは、スイレン属に似ることを表しています。

水草の多くは、被子植物です。シダ植物の水草は少数でした。裸子植物の水草は見たことも聞いたこともありませんが、蘚苔類(せんたいるい)と呼ばれるコケ植物には水草があります。水の中には、植物が好きな水がいくらでもあるので、よほど居心地がよいのでしょう。さて、この「水の滸シリーズ」で水草の一端には触れた気がしますが、世の中には、まだまだたくさんの水草や植物があります。植物を巡る旅はいつ終わりにすればよいのでしょうか?

次回は、都市ではめっきり見かけなくなった「ジュズダマ」についてです。お楽しみに。

JADMA

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