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翼を持った果実[その1] 沙羅双樹(さらそうじゅ)

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

翼を持った果実[その1] 沙羅双樹(さらそうじゅ)

2024/01/30

「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者(しょうじゃ)必衰の理をあらはす」これは、平安時代の末期に武士の時代を作った平氏と源氏の物語で、よく知られている『平家物語』の冒頭です。この「沙羅双樹」という植物は、何でしょうか?仏教の三大聖樹の一つとして知られる「沙羅双樹」の名は知っていても花の色を知っている日本人はどれだけいるのでしょうか?

フタバガキ科(左)とカキ(右)の果実

「沙羅双樹」とされるのは、サラノキShorea robusta(ショレア ロブスタ)フタバガキ科サラノキ属です。属名のShoreaは、サンスクリット語で「城壁」を表します。種形容語のrobustaは、「より大きな」という意味です。フタバガキとは、カキのような果実に、二つの葉が付いた形状を表します。葉といっても、これはガクの内の2枚が特に発達したものです。フタバガキ科(Dipterocarpaceae)の意味も、Di(二つ)+ prero(翼)+carpum(果実)の合成語です。ただし、フタバガキ科の発達したガクは2枚とは限りません。

このフタバガキ科は、東アジアに住む私たちが、普段は目にすることのない、主に熱帯雨林の高木です。それは、多くの属、700種近い多様性を持った樹木のグループです。東南アジアを中心に生息していますが、ボルネオ島がその分布の中心とされています。

サラノキ

サラノキは、インド亜大陸に原生する、常緑または落葉の高木。カキのような大きな葉を付け、原生地では食器として利用されています。もし膨大な人口を有するこの地域において、食器がプラスチック素材であったなら、深刻な環境汚染を引き起こしたことでしょう。この葉の食器、使用後は家畜の餌に利用されています。サラノキは、高温地域の高木ゆえ、日本では、わずかな温室でしか植栽されていません。

ヒンズー教でも、仏教でもサラノキは聖なる木です。お釈迦(しゃか)様が入滅される際に、一対のサラノキの間に、横たわったとされ沙羅双樹と呼ばれます。日本では、ナツツバキを「沙羅」とも呼んでいて、サラノキと混同される場合があります。上の写真は、サラノキと同じサラノキ属の果実です。複数のガクが羽のように変化してツクバネのような形になります。

ボウテンジュ

サラノキ属の生息範囲は、アジアの熱帯雨林です。私も多くを目にしていませんが、雲南省の最南部で、ボウテンジュ(望天樹)という木を見たことがあります。それは、ジャングルの高木たちに紛れながらも頭一つ抜け出る、超高木でした。

ボウテンジュShorea wangtianshuea(ショレア ワンティアンシュエア)フタバガキ科サラノキ属。中国南部とラオス北部、ベトナムに原生する、フタバガキ科の高木です。最大で樹高72.4mの木があります。属名のShoreaとは、イギリス東インド会社の役人でベンガル総督をしたJohn Shore(ジョン・ショア、1751~1834)に献名されています。種形容語のwangtianshueaの意味は、調べてみましたが分かりませんでした。

熱帯樹木を調査することは簡単ではありません。地表は高木、低木、ツタ植物やシダ植物が生い茂っていて踏破することは難しいのです。たとえ下に葉や花が落ちていてもそれが、どの樹木の一部なのか見極められません。熱帯樹木の高木は、背が高く、大きく雄大。ちなみに、上の写真はTetrameles nudiflora(テトラメレス ヌディフローラ)という樹木の板根(ばんこん)です。白く人型に囲んだ部分がおよその人の大きさになります。

熱帯雨林では、場所によっては「ジャングルウォーク」という施設がある場合があります。それは、木と木の間にロープをつるして歩けるようになっているのですが、樹冠や葉、花が咲いているこずえの先を観察することは難しいです。平家物語の時代に、写真やインターネットがあったわけではありません。本当の「沙羅双樹の花の色」を知っている人は居たのでしょうか?

「沙羅双樹」と同じ属のボウテンジュの葉です。ボウテンジュは、Parashorea chinensisと記されている場合があります。属名のParashoreaの意味は、Para(近くに)+Shorea(サラノキ属)の合成語ですが、それはシノニム(同義語)になりました。ボウテンジュの葉には、短い繊毛が生えていましたが、カキの木のような印象を持ちました。フタバガキといわれるのは、果実の形以外にも植物全体がカキに似ているからでしょう。

これは、「沙羅双樹」と同じサラノキ属のShorea roxburghii(ショレア ロクスブルギー)フタバガキ科サラノキ属の果実です。3枚が長く、2枚が短い5枚のガクで、果実を包み込んでいます。左上の写真のように羽を下にして枝に付いていますが、熟すと果実の重みで右上の写真のようにクルクルと回転しながら落ちてきます。フタバガキ科の多くは、自らの種子を少しでも遠くに旅をさせるために、このようなガクを発達させたのでした。

次回は、もう少しフタバガキ科の果実について見ていきましょう。お楽しみに。

JADMA

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