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水の滸(ほとり)[その2] ガガブタ属

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

水の滸(ほとり)[その2] ガガブタ属

2023/08/22

『水の滸(ほとり)』シリーズで語りたいのは、水草です。では「水草とは何か?」と問われると少々難しいです。植物をはじめとする生物は、水の中に生まれ、進化して陸上に進出しました。現代では、海藻のコンブやワカメたちを植物とは呼びません。これらは藻類と呼ばれます。水際に生息する藻類から、植物であるコケが生まれ、さらに根や茎、葉の区別があるシダへと進化しました。コケとシダは、胞子で増えます。やがて、陸上の乾燥する環境に子孫を残す方法として種子ができました。そうして種子植物は、陸上で誕生したのでした。

現在、水草と呼ばれる植物には、シダ植物もあるのですが、ほとんどは種子植物です。これらは、陸上植物から水に戻る選択をして水草になったものです。イルカやクジラの祖先がかつて陸上で生活していたことと似ています。

生物にとって、水は欠かせません。植物の重さの9割ほどは水の重さです。水分供給の心配がない、水中や水面は植物にとって魅力的な場所です。そのため、いったん陸上で進化した植物が、水に戻ることは理解できます。こうした水草は地球上に2000種以上あるとされています。

では、湿地に生息するヒオウギアヤメやトキソウなどを水草と呼ぶのでしょうか?それらは、湿地性の植物というイメージで水草として通常、認識されているとは思えません。水草の定義は難しく、そして曖昧です。この『水の滸』では、陸上で進化した植物が、水中や水面で生活するために進化した植物を「水草」と定義し、これまでの『東アジア植物記』で紹介した植物たちは除いて話を進めます。

ガガブタ

ガガブタNymphoides indica(ニンフォイデス インディカ)ミツガシワ科アサザ属。ガガブタは、世界各地の暖地の水中や水面に広域分布している植物です。種形容語のindicaは、生息地の一つであるインドを表します。日本の分布域は、本州以西とされています。

ガガブタは漢字で「鏡蓋」と書き「鏡蓋(カガミブタ)」が転じて「ガガブタ」と説明されます。水戸黄門に出てくる印籠(いんろう)はご存じでしょうか。洒落者(しゃれもの 服装や言動、動作が粋な人)は、印籠などが腰から滑り落ちないように、現代の感覚でいうとストラップのような根付(ねつけ)を付けました。やがて、根付は精巧な美術品として愛好され、象牙の輪切りを掘り出したような物が登場します。そして、貴重な根付の表面を保護するフタもできました。それが「鏡蓋」です。植物のガガブタは「水面を蓋するように広がる」という意味を持っていると思います。

ガガブタは、水面にスイレンのような浮き葉を展開して、7~9月に目玉焼きみたいな色合いの、小さな花を咲かせます。2023年はほとんどの花が咲き急いでいるように感じますが、ガガブタも6月中旬に花を咲かせているのを見ました。

ガガブタの花を拡大しました。大きさは1.5cm程度です。花冠は五つに分かれています。花弁の縁は細かく裂けると記されている文献が多いですが、実際には花弁に長い毛が密生していました。雄しべ5本、雌しべ1本を確認しました。花は自家不和合で、受粉には異株(いかぶ)の花粉が必要です。

ガガブタは一日花です。ガガブタのかわいい花を見たければ、午前中の観賞をおすすめします。午後になると、ガガブタの花は自壊していき、雪の結晶が溶けるように消えてなくなります。ガガブタは英語でwater snowflakeといいます。おそらく、このような観察結果から名付けられたのでしょう。

ガガブタは、水の底から茎を伸ばし葉を付けます。葉の大きさはさまざまで、スイレンに似た浮き葉です。そして秋には、葉の基部に栄養をためた芽である「殖芽(しょくが)」を作るのでした。この殖芽という器官は、水草だけが持つユニークな自己複製装置なのです。

ガガブタは、沼やため池に生息する多年草です。冬に葉や水中の茎は水の中で溶けてなくなりますが、泥の中の地下組織と殖芽を使い冬を越えます。

ミツガシワ

上の写真は、ガガイモが属する、ミツガシワ科の標準種であるミツガシワです。ミツガシワMenyanthes trifoliata(メニアンテス トリフォリアータ)ミツガシワ属ミツガシワ科。その花を眺めるとガガブタの花によく似ています。ガガブタの学名はNymphoidesです。それは、スイレン科のスイレン属に似ているという意味でした。しかし、ガガブタの葉がスイレンに似ているのは「他人のそら似」です。系統的な近縁性はありません。

次回は「水の滸(ほとり)[その3] ヒルムシロ属」です。お楽しみに。

JADMA

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