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水の滸(ほとり)[その3] ヒルムシロ属

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

水の滸(ほとり)[その3] ヒルムシロ属

2023/09/05

植物が植物らしく生きていくために必須の条件があります。適度な温度と養分の他に、「水」と「空気」と「光」がどうしても必要です。「水」なら水の中に暮らせばいくらでもあります。だから水草たちは「水を求めて水草になったのだ」というでしょう。

では「空気」は、どうでしょうか?水に葉を浮かせる植物は、葉の表に気孔を作りました。泥の中に地下茎を伸ばす植物は、水面上に空気の取り入れ口を作りました。水中に暮らす植物は、水中に溶け込んでいる酸素や二酸化炭素を利用するように進化しました。

「光」は、難題です。光は水面で反射するし、わずかしか水中に届きません。だから水草は、深い場所に生息できず浅瀬で生きています。浅瀬であっても、光を通さないような汚れた水の中では、沈水植物は生育ができないのです。

千葉県北部に柏市、我孫子(あびこ)市などにまたがる手賀沼があります。ここは、昭和30年代は、水の底が見えるきれいな水をたたえ、沈水植物が豊富で、魚がたくさん取れる場所でした。

その後、日本の高度経済成長に伴い、手賀沼周辺にたくさんの住宅が建てられました。さらに農業の生産性を上げるため大量に肥料が使われました。その結果、生活排水、農業や産業の廃水などが手賀沼に流れ込んだのです。現在の手賀沼の水は、過度な富栄養化で薄茶色に濁り、水の中に光が届きません。そして、生い茂っていた沈水植物は姿を消したのです。それは、きれいな手賀沼を知っている私にとって、胸が痛い歴史です。

ガシャモクPotamogeton dentatus(ポタモゲトン デンタタス)ヒルムシロ科ヒルムシロ属。属名は、ギリシャ語でPotamo(川)+geton(友好的、繁栄する)を意味します。種形容語のdentatusは、この植物の葉の形状を表し「歯のような」という意味です。和名のガシャモクは、妙な名前です。私は最初、ガシャクモだと思っていました。これは、肥料があまり普及していなかった当時、この藻を取って肥料にした経緯があったみたいです。「モク」とは水草の方言であり「ガシャ」とは、採取時に発生する音に由来するとか「ガシャガシャ」たくさん取ったなどの説明があります。

ガシャモクは、水のきれいな水中に育つ沈水植物です。かつて手賀沼や琵琶湖、霞ヶ浦などに生息していましたが、各地の水質の悪化に伴い絶滅し、今日、日本で確認されているのは、青森県と福岡県の二つだけのようです。

ところが、1997年、手賀沼の干拓地を掘った池に、ガシャモクが発生したのです。埋め立てた土地の地下深くに埋蔵された、この植物の種子が発芽しました。そのガシャモクを再び手賀沼に移したそうですが、薄茶に濁った水では生育できませんでした。一度、人が壊した水質を元に戻すのは難しいのです。

ガシャモクの学名は、Potamogeton dentatusとなっていますが、Potamogeton lucensという学名もあり、統一されていません。Lucensという種形容語は、揺らめく、優しく輝くという意味で、水槽に移され管理されているガシャモクを見るとPotamogeton lucensという学名がしっくりきます。この学名で調べると、日本で絶滅危惧種とされているガシャモクは、中国などユーラシア大陸に広域分布する種(しゅ)のようです。

ヒルムシロ属は、世界中に生息する水草ですが、北半球の北アメリカでもっとも多様性があり、この属が発生した場所と推定されています。そしてヒルムシロ属は、親和性が強く容易に雑種を作ります。インバモPotamogeton x inbaensis(ポタモゲトン インバエンシス)。種形容語のinbaensisは、印旛沼(いんばぬま)で発見された雑種を意味しています。

インバモの葉は、膜質でつやつや、透明感のある美しさを持ちます。この植物はかつて、ガシャモクとササバモが混生して生息していた印旛沼で発見されました。しかし、残念ながらこちらも水質の悪化で野生種は絶滅。現在は、愛好家の手で保護されている状況です。

しかし、すべてポタモゲトン属が水質の悪化に弱いのかというと、違うようで、比較的丈夫な種もあります。エビモPotamogeton crispus(ポタモゲトン クリスプス)ヒルムシロ科ヒルムシロ属。種形容語のcripusとは縮れ、波打つ葉を意味しています。

エビモは、アジアの幅広い地域に広域分布する植物で、水質汚濁に強く、ほとんど泥をかぶった状態でも生息している状況をよく見ます。他の敏感な水草が絶滅するとその隙間を埋めるように繁茂する丈夫な種です。それ故に導入した他の国ではcurly-leaf pondweed(縮れ葉の池雑草)とも呼ばれるほどです。

ポタモゲトン属の中には、水に沈んで暮らす沈水種だけでなく、水面に楕円(だえん)形で幅広の浮き葉を作る仲間もいます。それが、ヒルムシロです。ヒルムシロPotamogeton distinctus(ポタモゲトン ディスティヌクタス)ヒルムシロ科ヒルムシロ属。種形容語のdistinctusは、異なる、明瞭なという意味を持っています。

オヒルムシロPotamogeton natans(ポタモゲトン ナタンス)ヒルムシロ科ヒルムシロ属。種形容語のnatansは、水に浮かぶことを意味していて、ヒルムシロ類の浮き葉を表します。ヒルムシロの仲間は、水中に水中葉、水面に浮遊葉を出し、どれもよく似ています。それらは、水中葉も勘案しないと特定が難しいのです。ヒルムシロの名は、ヒル(蛭)のムシロ(筵)という意味です。その仲間は、いかにもヒルがいそうな水の滸に暮らす植物でした。

次回は、水の滸[その4] スイレン属です。お楽しみに。

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