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水の滸(ほとり)[その7] ヒシ属とヒシモドキ属

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

水の滸(ほとり)[その7] ヒシ属とヒシモドキ属

2023/10/03

世の中には、おかしな実があるものです。それは、池や沼の底から出てきます。その名もDevil pod(デビルポッド)。直訳すると「悪魔の殻」。いかにも中から「魔物」が出てきそうなイメージです。しかし、その面妖(めんよう)な果実が、紀元前から洋の東西を超えて、人類の飢えを救ってきたのです。

Devil pod

上の写真がDevil podです。いかにも恐ろし気な気配を漂わせています。トウビシTrapa natans var. bispinosa(トラパ ナタンス バラエティー ビスピノサ)ミソハギ科ヒシ属。これは、トウビシという植物の果実。大きさは横6cm、縦4cmほどあります。種形容語のnatansは「水に浮かぶ」という意味で、変種名のbispinosaは、二つのとげを意味しています。トウビシは、オニビシTrapa natans(トラパ ナタンス)ミソハギ科ヒシ属を栽培種として改良したものです。

こちらは、ヒシ(菱)Trapa japonica (トラパ ジャポニカ)ミソハギ科ヒシ属の果実です。トウビシに比べると小ぶりで、横の長さは3cm程度、二つの角はとげのように尖(とが)り、コウモリのようにも見えます。それは、英語でBat nut(バットナッツ)ともいわれます。ヒシの種子は、デンプン、ビタミン、ミネラルに富み、採取と狩猟を主な食料調達の手段にする時代で人類の貴重な栄養源だったのでした。

ヒシは、日本全土をはじめ、ロシア、東アジアからインドの停滞水域に広く原生する一年草の水草です。ヒシ属には、原生種にオニビシ、ヒメビシ、ヒシなどがあり、他に絶滅種の化石が広く世界中で見つかっています。

ヒシは、5月ごろに前年の種子から発芽して茎を伸ばし、節からは鳥の羽のような水中葉を出します。それが茎が水面に達すると、ロゼット状の葉を広げます。そして、葉柄(ようへい)に浮輪を付け、葉の浮力を助けます。葉の形を見てください。ひし型という図形は、このヒシの葉がモチーフだとされています。このヒシ属という植物を調べると、学名が統一されていませんでした。それは、調べれば調べるほど、めまいがするくらいです。学者によって、文献によって、記述に差異があります。この植物記は、自らが納得いく形で学名を記しました。

2023年8月2日にヒシの苗を譲り受け、素焼き鉢に植え込みました。この植物は、浮草のようですが、底に沈んだ種子から芽が出ると地中に根を伸ばし、茎を伸長させます。水草の多くは、多肥を好むため、鉢の中に肥料をたっぷり入れました。その成長速度を確認しましょう。8月2日に植え込み、8月23日まで3週間の成長記録です。ヒシをはじめ、水草たちの成長速度は恐ろしく早いのです。

ヒシは、意外と控えめな小さな花です。葉腋(ようえき)から花茎を伸ばし、大きさは1cm程度。花弁は4枚、雌しべ1本、雄しべ4本、葯(やく)がベージュ色でした。

ヒシの花が咲いてから、どのように果実ができるのか順を追って説明します。

①ヒシの花は、水上に出て1日だけ咲く。他花家受粉以外にも自家受粉するようである。
②開花後に花弁が枯れ、4枚のがく片が確認できる。花柄が伸び、水の中に潜る。
③4枚のガク片のうち、2枚が脱落、残り2枚が発達して角状になる。
④果実の成長は早く、2枚のガク片は、果実と融合してとげへと変化する。

ヒシの花は7月ごろから次々と晩夏まで咲き続け、果実を付けます。冬に植物体は枯れ、果実の外果皮は腐り、硬い殻が泥底に沈みます。泥の中で眠るうちに、このように黒く染まるわけです。では、なぜにこのようなとげが必要なのでしょうか?それは、二つの理由が考えられます。

①このとげが水鳥や動物などに絡んで付着すれば、ヒシは遠くまで旅ができ、分布域を広げられる。
②とげが水底で、どこかに絡めば、その場所に居着ける。そしてそこから芽を出し、再生できる。

一年草のヒシにとって、このとげは都合がよいのです。

ヒシモドキ

ヒシ属の次は、ヒシモドキ属という聞き慣れない植物のお話です。「もどき」とは、漢字で「擬き」と書き、類するもの、似て非なるもの、偽物、まがいものなどの意味があります。ヒシモドキ (菱擬)Trapella sinensis(トラペラ シネンシス)オオバコ科ヒシモドキ属。「もどき」というさげすんだ名称ですが、植物的に見た場合ヒシモドキ属は、他に類するものがありません。

ヒシは、水草として普遍的に生息していますが、ヒシの形状に似た、ヒシモドキは現在において絶滅の途上にあるとされ、なかなかお目にかかるのも難しい希少な水草です。モドキと呼ぶのもおこがましく「様」を付けてお呼びしましょう。このヒシモドキ様は、広い世界でも東アジアだけにしか生息していないのです。

絶滅が危惧されるヒシモドキ様を栽培した経験があります。8月16日、3号鉢に赤玉土を使って定植、水に沈めました。元肥は、IB化成を1鉢あたり10粒程度です。水草たちは肥料を多めにやります。1週間でそれは、2倍の大きさに育ち、2週間で4倍のボリュームになりました。

8月16日の定植から、45日ほどたった9月20日の様子です。その後も順調に育ち、容器にあふれるばかりです。ヒシモドキが、この世の中から消えようとしているのは、種として脆弱(ぜいじゃく)性があるのではなく、⽣育環境がなくなっているからだけなのでしょう。現在、ヒシモドキは蕾を付け、開花間近なのはうれしいことです。

ヒシモドキは毎年、種子から更新して生育する一年草です。開花まで成長できない株でも水中で花弁を持たない閉鎖花を作り、同一個体で自家受粉し、果実を付けます。それは、細長い棒状でつるのようなとげを持ち、その中に種子を持っています。閉鎖花で作る果実は、条件が悪くても自らのDNAを残す「命の保険」です。ヒシモドキたちは、あの手この手で命をつないでいたのでした。

次回は「水の滸[その8]浮草(1)」です。お楽しみに。

JADMA

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