東アジア植物記 気になる外来種[その7] キキョウソウ属(ビーナスの姿見)

かつて街角で、貝殻のマークがついたガソリンスタンドを見ることがありました。それは、ロイヤル・ダッチ・シェルというイギリスの多国籍エネルギー企業のロゴデザインです。実はその会社は、少しばかり日本に縁があります。

ロイヤル・ダッチ・シェルの前身となる会社を作ったのは、Marcus Samuel(マーカス・サミュエル、1853~1927)という人です。彼は、高校卒業後の旅行で日本の三浦半島を訪れ、漁民が捨てた貝殻を見つけました。それを装飾品として活用するアイデアを思いつき、イギリスで貝殻を加工して売る貿易業、サミュエル商会(サミュエル・サミュエル・アンド・カンパニー)をロンドンで立ち上げました。

ロイヤルダッチシェルのロゴは「ペクテンマーク」といいます。ペクテンとは、イタヤガイ科と呼ばれる二枚貝の総称です。今から4億4000万年よりも前、オルドビス紀という古生代に生まれ、現代に至るまで繁栄している軟体動物のグループです。ホタテ貝の仲間といえば、どなたでもご存じだと思います。その中でもあのロゴは、写真中央に配置されているイタヤガイ属というイタヤガイ科の基準になっているグループをデザインしたものに違いありません。

15世紀、イタリアの画家、Sandro Botticelli(サンドロ・ボッティチェッリ、1445~1510)は、かの有名な絵画「ビーナスの誕生」を描きました。あの女神様は、海の上に浮かんだペクテンの上に乗っていました。その貝殻は、地理的考察からヨーロッパ沿岸に生息するヨーロッパホタテPecten maximus(ペクテン マキシムズ)イタヤガイ科イタヤガイ属と推定されます。機会があれば、女神の足元を確認してみましょう。

今回は、英語で「Venus looking glass(ビーナスの姿見)」と呼ばれているキキョウソウ属の植物記です。

キキョウソウ

キキョウソウTriodanis perfoliata(トリオダニス ペルフォリアータ)キキョウ科キキョウソウ属。キキョウソウ属は、初夏にキキョウに似た小さな青い花を付ける一年草です。北米に原生する6種で構成され、一部が南アメリカまで広域分布をしています。この道端に咲く青い花、最近よく目につくようになりました。日本には、このキキョウソウを含め2種が外来種として定着しています。

キキョウソウは、英語でcommon venus looking glassと呼ばれています。葉柄がなく、茎を抱くようなこの葉が、女神様が乗っていたペクテンのようです。属名のTriodanisとは、ギリシャ語のtri(3)+odanis(歯)の合成語で「三つの歯」を表します。この植物が付ける果実に三つの穴があくことに由来するらしいのですが、正直、私はそのことに納得していません。種形容語のperfoliataとは、葉の形状を表します。「突き抜けた葉」、「茎を抱く葉」という意味です。

キキョウソウの原生地は、カナダからアルゼンチンにわたる南北アメリカ大陸です。貧栄養の乾燥した原野、岩石が露頭した場所や砂利の多い地域に原生しています。日本でも、日当たりのよい乾いた場所がお気に入りで、コンクリートの割れ目や道端に生えているところをよく目にします。

キキョウソウは、基部でわずかに分枝するか、1本だけで直立します。花は、葉腋(ようえき)と茎頂に咲かせるのですが、下部では閉鎖花、上部で開放花を咲き分けています。この花、ハチが好きそうな青い色をしている虫媒花です。草丈は土の栄養状態で異なりますが、最大で60cm程度に育った様子を見ました。

キキョウソウの花をよく見てみましょう。各葉腋に1~3個の花が付いています。花冠の大きさは、実測値で2.2cm。柱頭がこん棒状で雌しべが成熟していないときに、雄しべが花粉を出します。雌しべが成熟すると、柱頭は三つに分かれ別の花の花粉を受け入れますが、その時、すでにこの株の花粉はありません。それは、雌雄が別々に成熟することで自家受粉を防ぐ工夫なのです。

続いて、キキョウソウの果実を採って、観察してみました。円盤状で茶色の種子は、0.5mmほどの大きさです。キキョウソウは、自家受粉する閉鎖花と、他家受粉を期待する解放花を使って効率的に種子を大量に作ります。1株当たりの種子の生産量は、推定で数百になるでしょう。種子を多く生産して「数打てば当たる」。それは、キキョウソウが外来種として日本に定着している理由の一つでもあります。

ヒナキキョウソウ

各地でキキョウソウを観察していて、少し葉の付き方が違う、か細いキキョウソウらしき植物を確認しました。それ調べたら、別種と判明。ヒナキキョウソウTriodanis biflora(トリオダニス ビフローラ)キキョウ科キキョウソウ属。この植物もキキョウソウ同様、南北アメリカ大陸に原生し、外来種として日本に定着しました。日本国内での生息数は、キキョウソウほど多くはありませんが、散発的に見られると思います。

ヒナキキョウソウは、英語で「small Venus looking glass(小さなビーナスの姿見)」といわれています。よく似ているのですが、ヒナキキョウソウの花冠の大きさは1.8cmでした。キキョウソウとの違いは、①キキョウソウに比べ20%程度小型、②ペクテンみたいなキキョウソウの葉に対し、ヒナキキョウソウの葉は細く茎を抱かない、という点です。

ヒナキキョウソウが道端に生えている生態写真です。ヒナキキョウソウはなよなよしていて、直立しているキキョウソウとは一見して違いが実感できます。

キキョウソウは、日本において東北から四国を含め、九州まで定着していますが、沖縄に生えている報告はありません。ヒナキキョウソウは、横浜で初めて帰化が確認され、関東以南に定着しているそうです。両種とも比較的新顔の外来種として日本での分布を広げている最中だと思います。間もなくキキョウソウが咲く季節です。散歩がてら、道端の青い花を見つけてみましょう。

次回は、大した手入れをしなくても、環境にもとらわれず、丈夫に育つ「シャガ(射干)」のお話です。お楽しみに。  

小杉 波留夫

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

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