東アジア植物記 ラショウモンカズラ(羅生門葛)

今回は、春の草むらから長い走出枝(そうしゅつし)を伸ばし、青い花を付けるラショウモンカズラの植物記です。カズラといいながらツル植物ではないし、「羅生門葛」という御大層な名前は、一度名前を聞くと忘れられないほどのインパクトがあります。

いにしえの都、陝西省(せんせいしょう)の西安。これは、城壁の上の写真です。周囲約14km、高さ12m、城壁頂上の幅は、なんと15mもあります。この城壁は、唐の長安が荒廃した後、明(みん)の時代、1370~1378年に都市防衛のために築かれました。

羅生門とは何でしょうか?「羅」とは、鳥を捕まえる網を語源として連なることを意味しています。「網羅」や「羅列」といった言葉があります。次に「城」と言う漢字ですが、中国において都市と言う意味もあります。戦乱の時代が長かった中国では、このような城壁が都市を囲みました。その状況を「羅城」といいます。その「羅城」には、外に通じる門が必要です。それを「羅城門」といいました。それが、時代と共に読み方や表記が変わり「羅生門」になったのでした。

ラショウモンカズラ

ラショウモンカズラ(羅生門葛)Meehania urticifolia(ミーハニア ウルティシフォリア)シソ科ラショウモンカズラ属。ラショウモンカズラ属は東アジアを中心に生息する7種ほどの小さな属群ですが、北米東部に1種原生しています。属名のMeehaniaとは、イギリスに生まれ、アメリカで活躍した植物学者Thomas Meehan(トーマス・ミーハン、1826~1901)に献名された名です。

ラショウモンカズラの種形容語のurticifoliaとは、Urtica(イラクサ)+folia(葉)の合成語で、ラショウモンカズラがイラクサ状の大きな葉を持つことに由来します。その葉は、幅広の三角形で周りに鋸歯(きょし)があります。この植物体にしては、不釣り合いの大きな葉で、長さ5cm、幅4cm程度になります。

イラクサ

上の写真が、イラクサUrtica thunbergiana(ウルティカ ツンベルギアナ)イラクサ科イラクサ属の葉です。確かにラショウモンカズラの葉は、この植物に似ているように思います。しかし、このイラクサの葉には注意が必要です。これを素手で触ったらとても後悔します。

ここで、東アジアに生息しているイラクサについて言及しておきます。茎や葉には毛のように細いとげがあり、ヒスタミンなどの毒を含んでいます。素肌で触れると電気が走ったような強い痛みを感じます。私も経験しましたが、本当にイライラする痛みです。イラクサは、冬は地上部を枯らしますが、春から秋に葉を伸ばし林内の湿った場所に生息しています。そんな森に素肌を出して入ると痛い目に遭うのでご注意を。 

ラショウモンカズラは、東アジアの林縁や明るい林内に生息する多年草です。日本では本州から九州に生息し、韓国、中国東北部、ロシア沿海州などにも分布しています。背丈は、30cm程度になり、花茎上部の葉腋(ようえき)に長さ5cm程度の青色の唇形花(しんけいか)を咲かせます。花が大きく、一方に片寄って横向きに付くため、その重さで茎が傾くのも特徴の一つ。この植物、各地で群落を見たことがありません。生息密度は低く、広い範囲にちらほらと生息している植物のようです。

ラショウモンカズラの花は虫媒花です。きれいな配色ですが、形は奇妙です。この花弁は、基部で合着した筒状で上弁2枚、下弁3枚で合計5枚。上弁と下弁2枚は薄紫色、下の真ん中にある弁1枚は前に突き出て2裂し、白色です。そこには、赤紫の斑紋があり、先端に細かく切れ込みがあります。

ラショウモンカズラの花を拡大して正面から見てみました。この大きく白色の花弁と赤い斑紋は、蜂の着陸場であり、蜜のありかを示すネクターガイドです。雄しべ4本と雌しべ1本は、上弁2枚の内側にあるので、雄しべの花粉が訪れた蜂の背中に付きます。そして次に訪れた蜂の背中に付いている花粉が雌しべに付くようになっています。

ラショウモンカズラには桃色の品種もあります。

桃色のラショウモンカズラ

さて、ラショウモンカズラの和名についてです。室町時代の能楽師である観世小次郎信光(かんぜこじろうのぶみつ)は、平安京の荒廃した羅生門に現れる鬼を退治した、ある武将を題材に「羅生門」という能を作りました。

そして、ラショウモンカズラ(羅生門葛)という和名は、平安時代、源頼光の四天王といわれた武将である、渡辺綱(わたなべのつな)が平安京羅生門で鬼女の腕を切り落としたという物語に由来しています。この妙な花型や草陰から、やや斜めにぬっと伸びいづる徒長した花茎が、いかにも異形な鬼の腕に似ているかも知れません。それは、昔ながらの物語と植物の特徴を上手に捉えて表現した見事な命名ですが、誰がいつ名付けたのかよく分かっていません。

ミソガワソウ

最後にラショウモンカズラに似た植物にミソガワソウという植物もご紹介します。ミソガワソウ(味噌川草)Nepeta subsessilis(ネペタ サブセッシリス)シソ科イヌハッカ属。ミソガワソウは、本州以北の亜高山帯に生息する日本に固有の宿根草です。ミソガワソウの花は、ラショウモンカズラにそっくりですが、葉が細く葉先が尖(とが)り、直立して育つので、判別は容易だと思います。

次回は、 まるで魔界に生えているような植物「ジャケツイバラ」のお話です。お楽しみに。

小杉 波留夫

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

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