東アジア植物記 ジャケツイバラ(蛇結茨)

山々に緑があふれる時節になりました。この時期、各地の山地や林縁などに奇っ怪な株姿で黄色い花を付ける、つる性の木本を見ることがあります。どこででも見られるわけではありませんが、関東では高尾山やその周辺で見ることが多いです。その名も「蛇結茨」。なんだか禍々(まがまが)しい感じがする名前、そして幹をみると「まるで魔界に生える植物」にも見えます。

今回は、中国で「血見飛」と名前が付いている植物の話から始まります。シーサーパンナ(西双版納)タイ族自治州は、雲南省の最南部にあり、州都の景洪市(けいこうし)は北緯21度59分です。北回帰線の内側にあり、気候区分は熱帯。その郊外には、中国最大の熱帯雨林が広がっています。

その熱帯雨林で見かけた、なにやら恐ろしい植物の幹。「このこん棒で殴られたら、さぞ痛かろう…」それが初めてこの木を見たときの私の感想です。「こりゃ、鬼の金棒よりたちが悪いぞ」と思ったものです。この幹を作る植物を調べたところ、なんと「血見飛(または見血飛)」(xuè jiàn fēi、シュエ ジエン フェイ)という名前だったのです。なるほど、私の感想と同じような名前で、殴られたら「血」が噴き出して「飛」び散るのが「見」えるに違いないということなのでしょうか。

カエサルピニア ククラータ

この恐ろしげな幹の持ち主、血見飛の学名は、Caesalpinia cucullata(カエサルピニア ククラータ)マメ科ジャケツイバラ属でした。インドシナ半島や中国雲南省などの密林、森林の河川に沿って生息し、こぶ状突起の頂上に1cm程度の極めて鋭いとげを付け、20mに及ぶつるを伸ばします。

さらに調べると、この植物の中国名「血見飛」の解釈は、私の勘違いでした。この植物は、中医薬に使われる薬草で、その効能は、血液を活性化させ腱(けん)をほぐして痛みを和らげるとあります。血行を促進する効果があることから付けられた名前のようです。

ジャケツイバラ

カエサルピニア ククラータほど大きくありませんが、幹に同じ構造のとげを付ける植物があります。それが上の写真のジャケツイバラ(蛇結茨)という植物です。「茨(いばら)」と言っても、この植物はバラ科ではありません。

ジャケツイバラCaesalpinia decapetala(カエサルピニア デカペタラ)マメ科ジャケツイバラ属。属名のCaesalpiniaとは、16~17世紀に生きたイタリアの植物学者Andrea Cesalpino(アンドレア・チェザルピーノ、1519~1603年)を記念し命名されました。彼は、植物分類学の先駆者として後のCarl von Linné(カール・フォン・リンネ、1707~1778)らに大きな影響を与えました。

「木を見て森を見ず」、「森を見て木を見ず」などいろいろな名言がありますが、樹木を観察する場合、森を眺める大きな視野も必要だと思います。この眺めの中にジャケツイバラが花を咲かせています。いざ探してみましょう。もし分からなければ、画面中央部のやや下に注目してみてください。黄色い花が咲いているはずです。この植物は、つるを5m以上に伸ばし、樹冠から顔を出す落葉樹です。

不規則に絡み合う枝たち、これがジャケツイバラの株姿です。私は、ジャケツという名前から「大きな毒蛇が潜む穴」=「蛇穴」を想像しましたが、正しくは「蛇結(じゃけつ)」でした。結は、糸をつなぎ合わせることです。この姿を見て、たくさんの蛇が絡み合って「蜷局(とぐろ)」を巻いている、そんな様子が和名の元になったのだと思います。こんなところに人が入り込んだら、衣服にとげが刺さり「張り付け」になってしまうでしょう。

私の手が写っているので、ジャケツイバラの大きさが分かると思います。この植物は、インドや南アジアが発生の起源とされ、その地域から中国など東アジアに分布域を拡大したのでした。そして、この植物が行き着いた、日本の山形県や福島県が世界最北限の地となりました。

さて、ジャケツイバラがかつて属していたCaesalpinia属は、世界に100種を越える大きな種属でした。近年、発達した分子分類体系においてCaesalpinia属が多系統とされ、20属以上に分割、整理されたのです。現在、ジャケツイバラはCaesalpinia decapetalaからBiancaea decapetala(ビアンカエア デカペタラ)マメ科ジャケツイバラ属に学名が変更されました。

この変更に伴い、冒頭で記述した「血見飛」も現在では、Caesalpinia cucullataからMezoneuron cucullatum(メゾネウロン ククラツム) へ属名が変更されました。余談ですが、本家Caesalpinia属は、アメリカ大陸に原生する種属10種程度の樹木、その属名に残されることとなりました。

ジャケツイバラは、Caesalpinia decapetala改め、Biancaea decapetala(ビアンカエア デカペタラ)マメ科ジャケツイバラ属です。新しい属名のBiancaeaの意味は、イタリア語の「白」を意味するのですが、なぜビアンコなのか不明です。葉は、偶数2回羽状複葉(うじょうふくよう)という形状をしています。小葉(こば)は、最大で12対ほど付く様子です。

そして、初夏に長さ40cm程度の総状花序(そうじょうかじょ)を立ち上げてご覧のような黄色の花を咲かせます。

ジャケツイバラの種形容語は、decapetalaでした。Decaとはギリシャ語の数詞で「10」を表し、petalaとは「花弁」のこと。つまり「10枚の花弁」を意味するのですが、どう見てもジャケツイバラの花弁は5枚です。学名のdecapetalaに何か深い意味があるのか、単なる勘違いで付けられたのかは不明です。花の直径は3cm程度、マメ科独特の蝶形花(ちょうけいか)にならず、旗弁に当たる上の花弁1個だけが異常に小さく、赤いネクターガイド(蜜標)があります。雌しべ1本は、赤く色づいた雄しべ10本に囲まれています。

ジャケツイバラはバラのようなとげを持ち、マメ科とは思えない花を付けるのです。それでも花後に付ける果実と種子は、いかにもマメ科のそれです。豆果の大きさは5cm、種子の大きさは1cmありました。

奇っ怪な姿をしながらも黄金色のきれいな花を付けるジャケツイバラでした。初夏の野山に出て散歩やハイキングをしながら、植物探索が楽しい季節です。読者の皆さんのお近くにも、ジャケツイバラが花を咲かせているかもしれません。ぜひ、探してみてください。

次回は、およそ10年前に書いた「山には山の」の続きで、アザミ属のお話です。お楽しみに。

小杉 波留夫

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、「虹色スミレ」「よく咲くスミレ」「サンパチェンス」などの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを積極的に取り組む。定年退職後は、学校の先生に対する園芸指導や講演活動をしながら、日本家庭園芸普及協会の専門技術員として、自ら開発した「たねダンゴ」の普及活動などを行っている。
生来の「花好き」「植物好き」である著者は、東アジアに生息する植物の研究を楽しみに、植物の魅力を発信中。

ページ上部へ