東アジア植物記 山には山の(アザミ属)[その3]

2015年「あざみの歌」の歌詞に合わせて、日本で見られるアザミ属を紹介しました。あれからもう10年近い月日が過ぎ、その後も湿原や海岸、山地でさまざまなアザミを見かけました。今回から、それらのアザミ属についてお話します。

トネアザミ

アザミは漢字で「薊」と書きます。これは、草冠に「刺」という意味ですが、アザミのとげは、どう見ても魚の骨に似ているので「薊」という漢字になったのだと思います。アザミ属の学名、Cirsium(シルシウム)とは、古代ギリシャ語のkírsion(キルシオン)が語源とのこと。その意味は「静脈瘤(りゅう)」という病気を表します。これは大昔、ギリシャの医師が、病気の治療にアザミを使ったことによるものとされています。アザミはとげだらけの見た目から想像がつかない、人を癒やす薬草としての側面を持っていたようです。

キク科アザミ属の概論です。多年草もしくは二年草で、常緑タイプ、夏に地上部を枯らしてロゼットで冬を越えるタイプがあります。ほとんどの種(しゅ)は、葉の縁に鋭いとげを持ち、草食動物から身を守るすべを持ちます。

花色は、一般的に赤紫色、虫媒花で多くの管状花(かんじょうか)からなる頭状花を付けます。キク科は、多くの小さな花が集まった集合花を特徴としていますが、アザミ属の場合は、細い管状花だけが密集しています。

アザミ属の頭状花は、緑の部分である総苞片(そうほうへん)に囲まれている全体を総苞と呼びます。それぞれ似ているものが多く、総苞の特徴などから総合的に判別するのですが、鑑別は容易ではありません。上の写真は、中国河南省の山地で撮影した総苞のとげが特徴的なアザミですが、いまだ種は分からないので、Cirsium sp.としておきます。

では、各論に入ります。アザミは、日本において、地域的特産種が多いのですが、比較的広い分布域を持つアザミ属から紹介します。上の写真は、群馬県、茨城県、栃木県、埼玉県、この北関東の四県に接する、日本最大の遊水地「渡良瀬遊水地」です。そこで、日本で最も背の高い大きなアザミを見ました。

タカアザミ

タカアザミCirsium pendulum(シルシウム ペンデュラム)キク科アザミ属。この個体で高さ2mほどです。時に3mに及ぶ雄大なアザミです。種形容語のpendulumとは、「下垂する」「つり下がる」「ぶら下がった」という意味です。学名で、頻繁に使われているので覚えておくとよいでしょう。多数の頭花をぶら下げる、このような花姿のアザミは他にはないと思います。多年草が多い中、このアザミは二年草で、花を咲かせると種子を残し、枯れてしまいます。

タカアザミの生態写真です。日本におけるアザミの多くは、分布域が極めて狭いものが多いのですが、このアザミは広い地域に原生しています。東アジアとシベリア東部を含む北部に分布し、日本では、長野県以北の本州と北海道にある湿地や原野に生息しています。

タカアザミの総苞は釣り鐘型で、花冠の大きさは約3cm。多くの花を下垂させるのです。この花、触っても痛くないし、管状花の一つ一つは細く、まるでメークブラシのようなきめ細かさです。武骨なアザミが多い中、タカアザミはとてもエレガントなアザミです。

タカアザミの総苞片は、短く反り返っているのが分かります。個性的な特徴を持つ総苞は、種の特定に役立つわけです。

ヤナギアザミCirsium lineare (シルシウム リニアレ)キク科アザミ属。種形容語のlineareとは、「線形の」「細い」という意味で、細い葉を持つことに由来します。アザミの葉は、切れ込みが入り、鋭く尖(とが)っていると相場が決まっているのですが、上の写真のアザミには、とげがありません。和名は、ご想像通り「ヤナギのような葉」を持つことから付けられたのでしょう。

ヤナギアザミの基準となる産地は日本ですが、この植物は広域分布種で、東アジアの暖地、ベトナム、タイなどに生息しています。しかし、日本での分布は地域的に狭く、山口県から九州の乾いた草原に生息しています。私は北九州市の平尾台という石灰大地で自生を確認しました。

ノアザミ

ノアザミCirsium japonicum(シルシウム ジャポニカム)キク科アザミ属。種形容語のjaponicumは、「日本産」という意味ですが、台湾にも分布しているようです。夏から秋にかけて開花するアザミ属が多い中、初夏に咲く早咲きの性質を持つのがノアザミです。

ノアザミは、日本での分布は広く、本州、四国、九州で見られ、最も普遍的なアザミです。山裾や野原、草原あるいは道端に生え、古くから人々に近いところで花を咲かせていました。頭花が大きく3~4cmあって、直立した枝の先端に、花を上向きに咲かせる性質です。

青い花は、切り花用の「アゲラタム」

早生性があり、花の大輪性と直立性という形質に着目して、日本で「ドイツアザミ」という園芸種が開発されました。「ドイツアザミ」には、「テラオカアザミ」「ラクオンジアザミ」「テマリアザミ」などの品種があり、過去に切り花や花壇植えの花きとして園芸利用されてきたのです。「あざみの歌」という昭和の歌謡が、人々の心を捉えていた時代に、アザミの花たちも、人々に愛されていたのでした。

次回は、「山には山の」アザミのお話が続きます。お楽しみに。

小杉 波留夫

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、「虹色スミレ」「よく咲くスミレ」「サンパチェンス」などの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを積極的に取り組む。定年退職後は、学校の先生に対する園芸指導や講演活動をしながら、日本家庭園芸普及協会の専門技術員として、自ら開発した「たねダンゴ」の普及活動などを行っている。
生来の「花好き」「植物好き」である著者は、東アジアに生息する植物の研究を楽しみに、植物の魅力を発信中。

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