日本では、そこかしこにアザミが咲いています。あまりにも普通に咲いているため、ありがたみがなく、アザミという植物に気をとめない私でした。それでも、よく見るとそれぞれに個性があり、なかなか興味深い連中です。[その5]は、地方限定種の続きです。
同じようで、どこか違うアザミたち。花の咲く向きや大きさ、色がそれぞれです。総苞(ほう)の形、総苞片(へん)が閉じていたり、開いて反転していたり、注意深く観察すると、アザミ属の世界が少し分かったような気がします。
ツクシアザミ
ツクシアザミCirsium suffultum(シルシウム サフルツム)キク科アザミ属。種形容語のsuffultumとは、「支えられた」「支える」という意味です。おそらく、大きな花が剛直な茎葉に支えられていることを意味しているのだと思います。1.2m程度に育ち、花を横向きから下向きに付け、葉に触れるとひどく痛いアザミでした。
ツクシアザミは、秋咲きで、花冠は大きく4cm程度、比較的大型のアザミです。名前の通り、九州地方に固有のアザミですが、鹿児島県には生えていないようです。地域は、宮崎県、熊本県以北に分布とされ、基準の産地は長崎県。総苞片は、半ば反転しています。
ノマアザミ
ノマアザミCirsium chikushiense(シルシウム チクシエンセ)キク科アザミ属。種形容語のchikushienseは、「筑紫の国に産する」ことを意味しています。筑紫という言葉は、九州北部を指す地方名ですが、古代では九州全体を指す言葉だったようです。
ノマアザミの草丈は1m以上伸びるのですが、花冠は2cm程度と小さく、総苞は筒型、総苞片は斜めに反転していました。このアザミは、九州最南部である、鹿児島県の薩摩半島と大隅半島の林縁などに原生する、局地的な地域限定の固有種です。このような分布範囲が狭い種(しゅ)は、生息地が失われるだけで容易に絶滅する可能性が高いと思います。
ミヤマホソエノアザミ
日本各地で植物記の取材をしていて、アザミがあれば、それが何か分からなくても、後で鑑定できるようにさまざまな部位を、さまざまな角度から撮影します。八ヶ岳で撮影した、上のアザミは、ホソエノアザミCirsium tenuipedunculatum(シルシウム テヌイペダンキュラータム)だと思っていました。あまり自信がありませんが、鑑定の結果、ミヤマホソエノアザミCirsium shinanomontanum(シルシウム シナノモンタナム)キク科アザミ属としておきます。種形容語のshinanomontanumは、「信濃の山」という意味だと思います。
ミヤマホソエノアザミは、八ヶ岳が基準の産地で、長野県に分布しているアザミです。小型で、淡紅紫色(たんこうししょく)の頭花を下向きに咲かせます。総苞は筒型、総苞片は反転していました。
次は、本州、四国の湿地湿原に生息するアザミです。ここは、愛知県豊橋市にある葦毛(いもう)湿原。沼沢地のような湿地ではなく、緩い斜面に沿って広がる珍しい湿地です。
山肌が硬く、水を通さない堆積岩で覆われているため、湧き出た水が地下に浸み込まず、傾斜地全体にゆるりと流れていきます。
キセルアザミ
キセルアザミCirsium sieboldii(シルシウム シーボルディ)キク科アザミ属。種形容語のsieboldiiは、日本の植物に多くの学名を付けたPhilipp Franz von Siebold(フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト、1796~1866)を表します。和名は、長い柄の先に咲く頭花が、煙管(きせる)に見えたことによるとされています。
キセルアザミは、乾いた場所には生息していません。生息域は、本州、四国、九州に固有で、渓流の脇や水の流れる環境を好む湿地性のアザミです。秋咲き性で、9~10月に淡紅紫色の頭花を開花させます。
頭花を下向きから、横向きに咲かせるのが特徴というのですが、上を向いたキセルアザミを多く見ました。花冠は2~3cm、総苞は筒型で総苞片が反転しないのも、このアザミの特徴の一つです。
アザミ属は、世界の北半球に300種程を数え、日本にはその半分もの種が存在します。それは、日本におけるアザミ属の研究が進んでいるためであると思います。ただ、それ以上の主な要因は、日本が大陸から離れた島国であり、急峻(きゅうしゅん)な山々、湿地、長い海岸線など、多様なアザミが進化する環境がたくさんあったからだと思います。日本には、「山には山の」「海には海の」アザミがあります。あと、どれくらいのアザミたちに出会えるでしょうか?
次回は、「山には山の(アザミ) [その6] 偽りのアザミたち」をお届けします。お楽しみに。