東アジア植物記 山には山の(アザミ属)[その7] 偽りのあざみ②

国が違うと「アザミ」に対する人々の思いは異なります。アザミは、日本では戦後の人々を癒やした「歌」となり、スコットランドでは国を救った「英雄」とたたえられ、地中海沿岸には聖母マリアの母乳が染みこんだ「偽りのアザミ」があり、人々を癒やすハーブとしても使用されます。

さらに、中世ヨーロッパでは有名な薬草であり、人々に救いをもたらして「聖人(せいじん)」の名が与えられた「偽りのアザミ」があります。

キバナアザミ

キバナアザミCentaurea benedicta(センタウレア ベネディクタ)キク科ヤグルマギク属。この植物の学名にはいくつかのシノニムがあり、Cnicus benedictusCarduus benedictusとも表記されますが、Centaurea benedictaが最新の学名となっています。和名はキバナアザミですが、真のアザミ(Cirsium)ではありません。

キバナアザミの属名はCentaureaで、私たちがよく知っているヤグルマギクと同じ属です。私はヤグルマギクより、ベニバナ(Carthamus)属に近いと感じています。ラテン語の意味は、ギリシャ神話に登場する半人半馬の「ケンタウロス」にちなんだものです。種形容語のbenedictaは、ラテン語のbene(よい)+dicere(言う)の合成語で、5世紀イタリアの聖人ベネディクトを指しているといわれています。英語では、「St. Benedict's thistle(聖ベネディクトのアザミ)」と表現されることもあります。

キバナアザミは、ヨーロッパでは重要な薬草でした。ペスト、天然痘などの恐ろしい疫病がはやった中世ヨーロッパにおいて、何世紀にもわたり、キバナアザミは修道院の薬草園で栽培され、生薬として使われました。そして、神聖な力があるとさえ考えられていたようです。今では伝統医薬として、民間療法に使用されています。

キバナアザミは、主に地中海沿岸域からウクライナ、南ロシアなどに原生する植物で、草丈は60cm程度に成長する一年草です。葉の鋸歯(きょし)がとげとなり、触るとアザミみたいに痛いです。この花をよく見ると、魚の骨のように分岐した総苞(そうほう)片が放射状に展開して、管状花からなる頭花を取り囲んでいます。それは、神様の後ろに描かれる後光(halo)のようでもあります。この形状が、「blessed thistle(祝福されたアザミ)」「holy thistle(聖なるアザミ)」とも呼ばれる由縁のように思います。

キバナアザミが属するCentaurea(ヤグルマギク)属は、花冠と総苞が一見して「アザミ」に似ているものがあります。上の写真は、内モンゴル自治区の省都、呼和浩特(フフホト)市の郊外です。年間降水量は、日本の4分の1しかなく、乾燥しています。この写真の遠方に見えている山の頂を越えると、草原地帯に至ります。そんな、山道にはアザミに似た植物が多く生えていました。

セラトゥラ センタウロイデス

セラトゥラ センタウロイデスSerratula centauroidesキク科タムラソウ属。初めて見たとき、とげのないアザミ「ヤナギアザミ」のように見えたのですが、葉の様子が異なりました。属名のSerratulaとは、「のこぎりの歯」を意味し、この植物の葉の形状を表します。種形容語のcentauroidesは、「ヤグルマギク属に似ている」という意味です。

セラトゥラ センタウロイデスは、高さ1m程度の直立した花茎を伸ばし、2cm程度の頭状花を夏に咲させます。花色は薄赤紫色や白色です。この植物は、草原や乾燥した丘などに生え、黒竜江省、内モンゴル自治区、ロシア東部といったアジアの東北部に生息しています。基準の産地はシベリアとなっていて、日本の分布はありません。

次は、アザミに似ているわけではありませんが、名前だけが「アザミ」と付けられた植物です。

キツネアザミ(別名「マユハケアザミ」)

キツネアザミHemisteptia lyrata(ヘミステプティア リラタ)キク科キツネアザミ属。別名で、「マユハケアザミ」とも呼ばれます。この植物は、1属1種とされてきましたが、近年の遺伝子解析によってSaussurea lyrata(ソーシュレア リラタ)キク科トウヒレン属に学名が変更されました。属名のSaussureaとは、フランスの分類学者Henri Louis Frédéric de Saussure(アンリ・ルイ・フレデリック・ド・ソシュール、1829~1905)に献名されています。種形容語のlyrataとは、古代ギリシャの楽器である「lyra(たて琴)」のことで、この花姿をたて琴に見立てたのです。

キツネアザミの原生地は、インドから東アジアの亜熱帯域の草むら、河川敷、田畑の脇などに生息する二年草とされています。日本でも、本州から沖縄で道端の草として見ることがありますが、本来はアジア大陸の植物のようです。日本での分布は、古い時代の移入とされています。上の写真は、中国山東省の畑地の脇で撮影したものです。

アザミゲシ

次は、アザミにそっくりなケシです。アザミゲシArgemone mexicana(アルゲモネ メキシカーナ)ケシ科アザミゲシ属。この植物は、被子植物として初期に現れたキンポウゲ目に属します。アザミは、比較的新しく進化したキク目に属しています。その縁はかなり遠いのですが、まさに「他人の空似」とはこのことだと思います。葉のとげや形態などが極めてアザミ属に似ているので、アザミゲシといいます。

アザミゲシの属名のArgemoneとは、ギリシャ語のArgyros(銀)に由来するのだと思います。アザミゲシ属は、北中米に30種ほど生息している種属。葉脈に現れるこのような銀色の模様を特徴としています。種形容語のmexicanaは、「メキシコに産する」という意味です。

アザミゲシの花は6cmと意外に大きく、草丈は50cm程度に育ちます。この植物は、実生で繁殖する一年草です。乾燥地帯に生息していたため、環境耐性が強く、雑草的に育ち、熱帯地域に帰化しているようです。

葉は、硬質で羽状に切れ込み、鋸歯がとげとなり、アザミのように触ると痛い植物です。全草が有毒なのですが、原生地では先住民の伝統医療に使われてきました。しかし、現代において、その使用は安全ではないと考えられています。

今回まで5回にわたって「アザミ属」と「偽りのアザミ」を紹介してきましたが、世界に生息するアザミや偽りのアザミたちの数には、到底及びません。これからも、違う「アザミ」たちとの出会いが楽しみです。このシリーズを終える時に、触ると痛くて邪魔な草だと思っていた「アザミ」たちをなぜか、いとおしく思えるのです。

次回は、「常山」という植物の考察です。お楽しみに。

小杉 波留夫

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、「虹色スミレ」「よく咲くスミレ」「サンパチェンス」などの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを積極的に取り組む。定年退職後は、学校の先生に対する園芸指導や講演活動をしながら、日本家庭園芸普及協会の専門技術員として、自ら開発した「たねダンゴ」の普及活動などを行っている。
生来の「花好き」「植物好き」である著者は、東アジアに生息する植物の研究を楽しみに、植物の魅力を発信中。

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