東アジア植物記 常山(じょうざん)[前編]

装飾花がないアジサイのようで、魅力的な青い花を付けるディクロアという植物をご存じでしょうか?漢名を「常山」といい、和名では「ジョウザン(常山)アジサイ」と呼ばれています。

ジョウザンアジサイ

ジョウザンアジサイDichroa febrifuga(ディクロア フェブリフーガ)アジサイ科ディクロア属。属名のDichroaとは、「2色」を意味し、この花色を表します。種形容語のfebrifugaとは、この植物を「解熱に用いること」を意味しています。

ガクアジサイ

一方、こちらは日本の三浦、伊豆、房総半島や伊豆諸島に原生する、ガクアジサイHydrangea macrophylla(ハイドランジア マクロフィラ)アジサイ科アジサイ属です。ガクアジサイの装飾花をのぞいた本当の花は、常山アジサイと同じに見えます。

ところが、ガクアジサイが属するアジサイ属とジョウザンアジサイのディクロア属では、果実の形状に大きな違いがあります。上の写真は、ガクアジサイの果実です。アジサイ属の果実は乾燥すると袋が裂けて中の種子(しゅし)が飛び出します。このような果実を植物学では、「蒴果(さくか capsule)」といいます。

こちらは、とても美しく、絵になるジョウザンアジサイの果実です。こんなにきれいな青色の果実は、他では例が少ないと思います。このジョウザンアジサイの果実は、果肉が水分を多く含んでいる「液果(えきか berry)」です。この蒴果と液果の違いが、アジサイ属とディクロア属を区別しているとされてきました。

しかし、ジョウザンアジサイは、アジサイ属にない液果を付けるディクロア属ですが、アジサイ属との間で雑種ができるのです。このような属間雑種ができるのは、妙なことです。

近年、分子分類体系研究が進み、アジサイ科の遺伝子情報が整理される中で、ディクロア属とアジサイ属の違いはないとされ、ジョウザンアジサイは、最新の分類においてHydrangea febrifugaという学名に変更されました。

アジサイ科という科名に、「それはユキノシタ科ではないのか?」とお尋ねの方もいると思います。私もユキノシタ科と覚えました。20世紀後半、ユキノシタ科とアジサイ科の遺伝子解析が行われたのです。結果は、両者の縁は遠いことが分かり、ユキノシタ科からアジサイが独立し「アジサイ科」が新設されました。

現在は、このように遺伝子解析の結果を基に、従来の分類の変更が数多く行われています。今は植物学名の過渡期であり、多くの修正が行われています。

ということで、Dichroa febrifuga改め、Hydrangea febrifuga(ハイドランジア フェブリフーガ)アジサイ科アジサイ属のジョウザンアジサイです。ジョウザンアジサイは、熱帯亜熱帯の山地において、日本の山に生えるヤマアジサイのように、湿った林道脇や渓流沿いに生え、高さは最大2m程度に成長します。開花期は夏。ご覧のような散房花序(さんぼうかじょ)で花を咲かせます。日本のアジサイのような装飾花をほとんど持ちません。上の写真は、雲南省の山地で撮影したものです。

ジョウザンアジサイの英名は、Chinese quinine(中国のキニーネ)です。マラリアの特効薬として知られる「キニーネ」は、中南米の熱帯域に産するキナノキ属の樹皮から取れる、塩基性の有機化合物=「アルカロイド」です。キナノキ属が生息していないアジアにおいて、キナノキ属の代用としてジョウザンアジサイが生薬に使われてきたのでした。

アカキナノキ

上の写真は、キニーネを含むアカキナノキCinchona pubescens(シンコナ プベスケンス)アカネ科キナ属です。世界の三大感染症は、エイズ、結核、マラリアです。世界では、それらの病気で毎年200万人を超える方が亡くなっています。2023年においても、マラリアでの死者数は50万人以上です。

ジョウザンアジサイの液果

マラリアのように周期的に発熱を繰り返す病気を中国では「瘧疾(ぎゃくしつ) 」といいます。この病気を癒やす生薬に、ジョウザンアジサイの根を使いました。そして、この生薬名を「常山」というのですが、広い中国には、各地に「瘧疾」を治す薬草があり、それらの生薬も「常山」というので、どの植物を「常山」と指すのか分かりにくいのです。

次回、『常山[後編]』では、常山と呼ばれるいろいろな植物を見ていきます。お楽しみに。

小杉 波留夫

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、「虹色スミレ」「よく咲くスミレ」「サンパチェンス」などの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを積極的に取り組む。定年退職後は、学校の先生に対する園芸指導や講演活動をしながら、日本家庭園芸普及協会の専門技術員として、自ら開発した「たねダンゴ」の普及活動などを行っている。
生来の「花好き」「植物好き」である著者は、東アジアに生息する植物の研究を楽しみに、植物の魅力を発信中。

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