東アジア植物記 常山(じょうざん)[後編]

マラリアは、主に熱帯・亜熱帯地域にみられる疾患です。マラリア原虫を持つ、ハマダラカ属のメスの蚊に刺されることで、原虫が人の体内に入り、感染します。体内に侵入した原虫は、増殖しながら赤血球に入り込み、さらに赤血球内で増殖と破壊を繰り返します。

マラリアの原虫には種類があり、持続的に発熱を繰り返すものや、周期的に発熱を繰り返すパターンがあり、「熱帯熱マラリア」、「3日熱マラリア」、「4日熱マラリア」などと呼ばれます。この周期的に発熱を繰り返す病気を中国では「瘧疾(ぎゃくしつ) 」と呼びます。

ジョウザンアジサイ

昔は、マラリアについての詳細な知識はなかったと思います。しかし、周期的に発熱を繰り返す症状はあり、それを「瘧(ぎゃく)」と呼び、その治療法を「截瘧(せつぎゃく)」と呼びます。

ジョウザンアジサイは「常山」とも呼ばれ、截瘧に用いる生薬の名前です。広大な中国には、さまざまな伝統医学や薬草があり、いろいろな植物を截瘧に用いたようです。

ケイコツジョウザン

ケイコツジョウザン(鶏骨常山)Alstonia yunnanensis(アルストニア ユンナネンシス)キョウチクトウ科アルストニア属。属名のAlstoniaとは、スコットランドの植物学者、薬学者である、Charles Alston(チャールズ・アルストン、1683~1760)を記念して名前が付けられました。種形容語のyunnanensisは、「雲南省に産する」という意味を表します。

ケイコツジョウザンは、日本では生薬名と植物名が合致していないようですが、中国ではこの名前になっています。アルストニア属は、熱帯アジアを中心に生息し、約50種が知られています。その中で、ケイコツジョウザンは、雲南省、貴州省、広西チワン族自治区の固有種で、山地斜面や谷沿いに見られます。葉は細長く革質で、上の写真のような花を咲かせる常緑の低木です。

よく知られているように、キョウチクトウ科の植物は油断できない毒草の一つです。しかし、古今東西、毒も薬もさじ加減なのです。中医薬では、この植物の枝や根を乾燥させて、截瘧に使用されたといいます。

シュウジョウザン

シュウジョウザン(臭常山)Orixa japonica(オリクサ ジャポニカ)ミカン科コクサギ属。日本では「コクサギ(小臭木)」と呼ばれます。学名を付けたのは、Carl von Linné(カール・フォン・リンネ、1707~1778)の弟子で、日本に滞在したCarl Peter Thunberg(カール・ピーター・ツンベルク、1743~1828)です。彼は、コクサギの読み方を学名に直した時にOrixaと表記したといわれています。種形容語のjaponicaは、「日本産」を表します。

シュウジョウザンことコクサギは、東アジアに固有の植物で一属一種の落葉低木です。日本のほか、朝鮮半島南部や中国南東部の山地に原生し、水辺や沢筋の湿った場所に見られます。葉がくさいとのことですが、私は何度もコクサギの葉や枝に触れても、全然気にならなかったです。

コクサギは半日陰の場所に生息していて、ツヤのある倒卵形の葉を持ちます。5月に黄緑色の小さな花を付けるのですが、雌雄異株のようです。この植物の根を「臭常山」という生薬として、截瘧に用います。

次に紹介するのは、中国で「白常山」と呼ばれるこの植物です。シロジョウザン(白常山)Mussaenda pubescens(ムサエンダ プベスケンス)アカネ科コンロンカ属。一般的には、コンロンカと呼ばれています。根は肝臓病や截瘧の薬草に用いられ、その断面が白いことから漢名は「白常山」といいます。

カイシュウジョウザン

カイシュウジョウザン(海州常山)Clrodendron trichomum(クレロデンドロン トリコトムム)シソ科クサギ属。2021年7月に紹介した、クサギClerodendrum trichotomum(クレロデンドルム トリコトムム)シソ科クサギ属は、中国で「海州常山(かいしゅうじょうざん)」と呼ばれます。日本全国をはじめ、東アジアの道端などに原生する落葉低木で、葉を食用にしたり、根を生薬として使います。

ジョウザンアジサイ

植物を区別するための名前には、和名・英名・漢名・学名・通称名などがあり、植物を理解するのを難しくしています。さらに、生薬の名前が植物名に使われていることがあり、なおさら難しくしています。このシリーズに登場した「常山」、「鶏骨常山」、「臭常山」、「白常山」、「海州常山」も、植物名ではなく、生薬名に由来する呼び名です。

植物たちは、多くの糧を私たちに提供してくれています。食用や観賞用は言うに及ばず、植物たちが体内で合成する塩基性の有機化合物(アルカロイド)は、薬用として極めて有用なものばかりです。

これまで、ジョウザンアジサイなどの薬草は、多くの人の命を救ってきたのでしょう。「ジョウザンアジサイの研究は、現在でも続けられています。抗マラリア薬として、ジョウザンアジサイが作り出す有機化合物「フェブリジン」を扱うのは、副作用が強いため難しいようです。

現在、抗マラリア薬には、ジョウザンアジサイではなく、別の植物から作る「アルテミシン」という化合物が画期的な成果を上げ、多くの命を救っています。この「アルテミシン」は、ある植物から得られる化合物で、この植物についても、いずれこの植物記で紹介したいと考えています。

次回は、ラン科に在りながら、そこかしこで観察できる植物「ネジバナ」のお話です。お楽しみに。

小杉 波留夫

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、「虹色スミレ」「よく咲くスミレ」「サンパチェンス」などの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを積極的に取り組む。定年退職後は、学校の先生に対する園芸指導や講演活動をしながら、日本家庭園芸普及協会の専門技術員として、自ら開発した「たねダンゴ」の普及活動などを行っている。
生来の「花好き」「植物好き」である著者は、東アジアに生息する植物の研究を楽しみに、植物の魅力を発信中。

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