東アジア植物記 夏のランラン[その2] ダイサギソウほか 後編

世界らん展(Japan Grand Prix International Orchid and Flower Show)は、多くのフラワーショーの開催がなくなっている中で、1991年から毎年35回続いている日本最大級のランとお花の祭典です。私も数年前から出展検査で、ほんの少し関わりを持っています。

そこでは、日本中の丹精を込めたラン栽培家の作品が集められ日本大賞(Grand Prize of Japan)をはじめ、優秀な作品を表彰しています。その中で「世界らん展2025」の優秀賞(Award for Excellence)になったランがこちらです。

ランには変わり者が多いのは知っていますが、「えー、何これ?初めて見たぞ」と思ったのです。花はサギソウ、株はダイサギソウ、それぞれの大きさが比較にならないほど大きいのです。写真では分かりにくいですが、草丈が1m程度、花の大きさは10cm程度で9~10輪も付いています。

この植物は、東南アジアの育種家Nam Fook Lee(ナム・フック・リー)氏によって、その地域に原生するサギソウの仲間ペクテイリス スザンナエPecteilis susannaeと、同じくその地域に生息するダイサギソウの仲間ハベナリア メデューサHabenaria medusaが交配され誕生しました。そして、2018年に品種登録されました。

ペクタベナリア ワオズ ホワイトフェアリー

ペクタベナリア ワオズ ホワイトフェアリーPectabenaria Wow’s White Fairies’ラン科属間雑種。これは、まさにオオサギソウと名前を付けたいものでした。属名のPectabenariaとは、Pecteilis(サギソウ)属+Habenaria(ミズトンボ)属で構成された合成語です。そのシリーズ名「Wow’s」、品種名「White Fairies’ 」は、育成者のリー氏が付けました。育成者が、この雑種が花を咲かせたとき「Wow’s(ワオ)」と感動したことが伝わります。

ペクタベナリア ワオズ ホワイトフェアリーの親である、サギソウ属のペクテイリス スザンナエは、沖縄のダイサギソウとの交配でも雑種が育成されています。それは、沖縄美(ちゅ)ら島財団作出のPectabenaria White Griffin(ペクタベナリア・ホワイト・グリフィン)。2023年9月に英国王立園芸協会に登録されたばかりの新しいランです。こうした育種は、植物の新しい可能性を示す画期的なことで素晴らしいのですが、私はこのPectabenariaという名前には疑問があります。

ここで、植物として分類上の「種(しゅ)」の概念について考えました。異種間で交雑が起きないことが、違う「種」であることの定義の一つとなっています。その中でも例外的に種間雑種はあります。しかし、ペクタベナリア(Pectabenaria)は、分類上の属が違うもの同士の雑種つまり属間雑種ということです。

元々、サギソウ属は、ミズトンボ属でした。分子分類系統分析によって分離されたものの、それに異論を唱える学者もいます。サギソウ属がミズトンボ属であれば、Pectabenariaは属間雑種ではなく、種間雑種ということになります。この雑種を考えた場合、「種間雑種ではないのか?」と思いました。

日本では、ダイサギソウの他に10種程度のHabenaria属(ミズトンボ属)が生息しています。どれも白色と緑色の花被を持っています。白色は、暗闇でも目立つので夜行性のガが訪花昆虫となっています。ところが、世界のミズトンボ属を見ると、白色以外にカラフルな花色を持つ種もあります。

ハベナリア ロドケイラ

ハベナリア ロドケイラHabenaria rhodocheilaラン科ミズトンボ属。「ベニバナサギソウ(紅花鷺草)」という名前で呼ばれることもありました。種形容語のrhodocheilaとは、ギリシャ語の「rhod(赤い)」+「cheila(唇)」で構成された合成語で、この唇弁(しんべん)の色を表します。この植物の花の構造を説明しておきます。長い距(きょ)を持ち、外花被と内花被2枚で上部にドームを作り、外花被(側がく片)が左右に下垂して開き、オレンジ色で四つに分かれた大きな唇弁を付けます。

ハベナリア ロドケイラは、湿った森林内、渓流近くの苔(こけ)むした岩場が生育環境とされ、中国南部からミャンマー、ラオス、タイ、ベトナム、フィリピンなど東南アジアに分布しています。花色もピンクや黄色があり、複数の近縁な遺伝子を持つネジバナと同じように、種の複合体(species complex)とされています。そして近年では、色ごとに種を分ける傾向にあります。

オレンジ色や赤色、黄色などは、暗闇では見えにくい色合いです。このような花色を持つ種は、昼間に活動するチョウやハナバチたちに花粉を運んでもらいます。そして、この大きな唇弁はハチが降り立つためにある甲板なのです。

ラン科には、驚くほどの属種があります。その種類の多さは、生息する環境に住まう多様な訪花動物に合わせた、送粉シンドローム(Pollination Syndrome)の結果なのです。

次回は、暖地から亜熱帯域の森林内に生息する地性ラン、「シュスラン属」の植物記です。お楽しみに。

小杉 波留夫

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、「虹色スミレ」「よく咲くスミレ」「サンパチェンス」などの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを積極的に取り組む。定年退職後は、学校の先生に対する園芸指導や講演活動をしながら、日本家庭園芸普及協会の専門技術員として、自ら開発した「たねダンゴ」の普及活動などを行っている。
生来の「花好き」「植物好き」である著者は、東アジアに生息する植物の研究を楽しみに、植物の魅力を発信中。

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