前回『オシロイバナ [その1]』の終わりに、さまざまな花色を持つオシロイバナの写真を載せました。なかでも、マゼンタカラーの色調は独特です。今回は、オシロイバナなどの花色を少し深掘りしてみたいと思います。
植物たちが太陽エネルギーを使い、二酸化炭素と水で光合成を行い、ブドウ糖やセルロースなどを作り出すことは、広く知られています。そのブドウ糖を元に、植物は基本的な生命活動をしますが、それとともにさまざまな2次化合物(2次代謝物)も作り出します。
例えば、芳香成分や人間にとって「薬」や「毒」となる成分です。色素もまた2次的な化合物であり、紫外線を防いだり、活性酸素を除去したり、訪花動物を誘導するのにも役立ちます。それらの色素は、カロテノイド系、クロロフィル系、フラボノイド系、ベタレイン系の四つに大別されます。
マリーゴールド
一例を挙げると、私たちがよく知っているマリーゴールドは、イエロー、ゴールド、オレンジが主な花色となっていて、ルテインというカロテノイド色素を持っています。カロテノイドという名称は、ニンジンDaucus carota(ダウクス カロタ)セリ科ニンジン属からβ-カロテン(β-carotene)というオレンジ色の色素が初めて抽出されたことにちなんで名付けられました。
アサガオ
トルコキキョウなど緑色の花の葉緑素は、クロロフィル系で比較的安定している色素です。
また、多くの植物は、細胞の液胞中にフラボノイド系色素を持ちます。フラボノイド系色素は、赤・紫・青系のアントシアン類、無色から淡黄色のフラボノール類、他フラボン類やカルコン類など多様な構造を持つ化合物群です。フラボノイド系色素は全体としては1万種類以上が報告されています。
アサガオは、フラボノイド系のアントシアニンという色素を持ち、水溶性で、pH(酸性・中性・アルカリ性)によって色が変化したり、時間がたつと変化したり、その機能性も失われやすいです。
オシロイバナ
オシロイバナには、さまざまな花色があります。ここまでいろいろな色素のお話をしましたが、実はオシロイバナの色素は、カロテノイド系でもクロロフィル系でもフラボノイド系でもない、第4の色素、ベタレイン系なのです。
ベタレイン系の色素は、あらゆる植物の中で特定のグループしか持っていません。そして、他の色素と共存しないという特徴もあります。これからベタレイン色素を持つ、いくつかの植物の写真をお見せします。その植物の共通点は何でしょうか?それが分かる方は、植物分類学者の方か、かなりの博学者か、私のような植物マニアに違いありません。
これらの植物の持つベタレイン系の色素は、水溶性でありながらpH変化や強い光、高温度でも安定性が高く、紫外線防除や活性酸素除去能力もより高い特徴があります。
上の三つの植物が持つ色素もベタレイン系です。そろそろ、これらの植物の共通点に気付いた方はいますか?
ビーツ
ビーツはヒユ科フダンソウ属に分類される野菜です。学名をBeta vulgaris(ベタ ブルガリス)といいます。属名のBetaとは、ケルト語の「赤」に由来し、種形容語のvulgarisは、一般的という意味です。
ビーツは、和名を「火焔草(かえんそう)」ともいい、この肥大した胚軸の色は見事な赤色です。ベタレイン(Betalain)という名称は、最初にビーツから発見、抽出されたので、ビーツの学名「Beta vulgaris」から名付けられました。
さて、7種類のベタレイン色素を持つ植物を紹介しました。これら植物の共通事項は何でしょう?
答えは、ナデシコ目(もく)に分類される植物群だということです。
不思議なことに、ベタレイン系の色素は、ナデシコ目の植物だけが持っている色素なのです。「目(Order)」とは、科の一つ上位にあたる分類項目です。それぞれの科には共通の祖先があると考えられていて、同じ目に属する植物は、ご先祖様が同じなのです。
実は、オシロイバナもナデシコ目のベタレイン色素を合成する植物です。ベタレイン色素は、ベタシアニン系とベタキサンチン系に大別されます。ベタシアニンは、赤紫からマゼンタに発色し、ベタキサンチンは、イエローからオレンジに発色します。色の濃淡は、色素の濃度の影響を受けます。そして、両者が混ざると中間色に見えるのです。
それらを理解すると、「左上の花は、ベタシアニンの濃度が高いので色が濃い赤色だな」「右上のオシロイバナは、滅多にない発色だけど、ベタキサンチンの濃度が薄いのでレモン色だな」ということが分かります。ベタシアニンとベタキサンチンも、それぞれに修飾されアミノ酸や糖が結合するとより複雑な色素になっていきます。
「おやおや、あなたはベタシアニンとベタキサンチンを両方持っていて、このようなパステルな色合いなのね」そんな独り言を言いながら、オシロイバナを見ていると変な人に思われるかもしれないので、口に出して言うのは止めておきましょう。
「花の色は移りにけりな」と古くから言われるほど、花色素の全貌は奥が深すぎて、にわかに理解ができません。
さらに、オシロイバナの観察を続けると、一つの株で違う花色が咲いたり、一つの花に違う花色のストライプが入ったり、ユニークな花に出くわします。まだまだ、オシロイバナの植物記は続きます。『オシロイバナ [その3]』もお楽しみに。