オシロイバナなどが持つベタレイン色素は、あらゆる植物の中でナデシコ目だけが合成できます。とはいえ、ナデシコ目のナデシコ科やザクロソウ科、モウセンゴケ科はベタレイン色素を作れず、多くの植物と同じフラボノイド系色素です。その事実は、ベタレイン色素が「ナデシコ目に共通するご先祖様由来のものではない」ことを示唆しています。
写真のナデシコ目ナデシコ科アメリカナデシコ(美女ナデシコ)の発色は、フラボノイド系色素によるもの
ナデシコ目の「ある植物」が進化して、過酷な高温条件や乾燥条件でも機能が失われにくいベタレイン色素を合成する植物群になったと考えられています。
トウカイコモウセンゴケ
突然ですが、トウカイコモウセンゴケDrosera tokaiensis(ドロセラ トカイエンシス)モウセンゴケ科モウセンゴケ属です。この植物のように、ナデシコ目はどこか神秘的な植物群です。モウセンゴケはナデシコ目に属するのに、ベタレイン色素を合成できません。
モウセンゴケの仲間は、栄養塩類が流出しやすい湿地環境に適応するため、栄養を補う手段として食虫性という進化を遂げました。植物は、さまざまな環境的圧力にさらされながら、それに応じて適応・進化します。その中でも、食虫性という革命的な進化がどのようにして起こったのか?非常に興味深いテーマです。
研究の結果、モウセンゴケ科のご先祖様には全ゲノム重複(Whole Genome Duplication=WGD)という突然変異が起こり、それによって遺伝子の重複と機能分化が進み、食虫性という進化が生じたと考えられています。植物の進化は、環境要因だけでなく、細胞に内在する遺伝子の変化も大きな原動力の一つなのでした。
たとえば、ナデシコ目の多くが持つベタレイン色素の合成能力も、こうした遺伝的進化の一例といえるかもしれません。
さて、オシロイバナを観察していると、「一つの株に異なる花色が見られる」ことや「同じ株でも花色の出現パターンが異なる」もの、さらには「色素を合成できないアルビノ株に突然色素が現れる」など、さまざまな花色の変化が観察されます。これはなぜなのでしょうか?その原因は、オシロイバナの細胞内で働く「transposon=トランスポゾン」と呼ばれる“動く遺伝子”による現象だと考えられています。
トランスポゾンとは、ゲノム内を移動できる塩基配列の一部(DNAの断片)のことであり、特定の遺伝情報の設計図が切り出され、別の場所に挿入されることで、遺伝子の働きや発現が変化するのです。このような遺伝子の移動が、色素合成に関わる遺伝子のオン、オフの切り替えを引き起こし、花色の多様性につながっていると考えられます。
全ゲノム重複やトランスポゾンといった現象は、植物の進化における驚くべき仕組みです。それは、遺伝子の組み換えや編集という能力が、植物細胞に自然と備わっていることを示します。私は、オシロイバナを観察する中で、植物が自ら進化していく不思議な力を垣間見たように感じました。
フタエオシロイバナ
オシロイバナには、こんな個性的な花被もあります。花の中から花が飛び出しているように見えます。
フタエオシロイバナ(二重白粉花)Mirabilis jalapa ver. dichlamydomorpha(変種名ディクラミドモルファ)。1931年に牧野富太郎博士は、この品種を東京の街頭で見つけて学名を付けました。このフタエオシロイバナは現在、変種ではなく、品種としてMirabilis jalapa f. dichlamydomorphaとされています。
フタエオシロイバナの変種名のdichlamydomorphaは、「di(二つ)」+「chlamydo(がいとう、苞 ほう)」+「morpha(形)」で構成された合成語で、「二重の苞を持つこと」を表します。通常のオシロイバナは短命で夕方から朝までしか咲きませんが、この形態はより長く楽しめるのです。
もともとオシロイバナは南米の植物ですが、こうした突然変異は原生地や諸外国からも報告がなく、日本において生じたものと考えられています。
オシロイバナは、ありふれた園芸植物と思われがちですが、まだまだそのプロフィールは語り尽くせません。漢字で書くと「白粉花」です。その果実は黒く、この中には褐色の種皮に包まれた種子が一つ入っています。種子をつぶすとでんぷんが豊富にあり、まるで「白粉(おしろい)」のようです。それが、オシロイバナという名前の元ですが、昔から本当に白粉の原料の一つにしていました。
日本には「色白は七難隠す」ということわざがあり、昔から美容は世の関心ごとの一つです。江戸時代の葛飾北斎が活躍した当時の「都風俗化粧傳(みやこふうぞくけわいでん、1813年)」には、そのことが記されています。
そんなオシロイバナは、私の子どものころは、日本の冬の寒さで枯れてしまう一年草でした。ところが、昨今では温暖化の影響で地上部は枯れるのですが、地下部の塊茎(かいけい)から毎年、春から初夏にかけて芽を出す宿根草になっています。この塊茎を切ってみると真っ白なでんぷんの塊でした。オシロイバナ科の中には、これを食用とする種(しゅ)があるそうですが、オシロイバナは有毒ですので、触れた場合は手をよく洗うなどご注意ください。
オシロイバナは、英語で「Four o‘clock flower(午後4時の花)」の別名もあります。その名の通り、夕方の4時くらいに花が咲き、翌朝8時ごろにしぼむ夜咲きの植物です。個体によってある程度の時差があり、その辺りはアバウトなのです。このオシロイバナが夜に咲く性質には、少し気になることがあります。
夜中に、オシロイバナが何かしているのか?と思って観察してみたのですが、マゼンタや黄、オレンジの花色は暗闇に溶け込んでしまい、目視できないのです。
そもそも、夜に咲く花は夜行性昆虫によって花粉が媒介されるものです。花色は暗闇でも、ある程度は目視が効く白色と相場が決まっています。それでは、なぜ夜に咲くオシロイバナが、このベタレイン色素によって鮮やかな花色を持つのでしょうか?
おそらく、熱帯の昼間は昆虫にとっても活動が困難なほど高温であるため、気温が下がり視覚がある程度機能する夕刻に他家受粉を期待して、オシロイバナは甘い香りを放ち、昆虫を誘引する仕組みをとっているのだと思われます。そして、朝方の開花が終盤に差しかかるころには、雌しべと雄しべが曲がって絡み合うようになり、他家受粉がかなわなかった花々も最終的には自家受粉によって自身の遺伝子を確実に残す戦略をとっていることがわ分かります。
遠い昔、地球の裏側から日本にたどり着いた「オシロイバナ」。その来歴もまた、興味深いものです。
今回、解説した「染色体の倍加(polyploidization=ポリプロイディゼーション)という突然変異によって生じた遺伝子の冗長性」や「動く遺伝子(トランスポゾン)の働きが、植物進化の原動力の一つになっているのではないか」という話は、少し専門的で難しく感じられたかもしれません。それでも、この時期に身近に咲いているオシロイバナを眺めながら、私は植物が秘める不思議な力や進化の物語に思いを巡らせました。
次回は、キク科ヒヨドリバナ属の「エウパトリウム(ユーパトリウム)」についてお話します。お楽しみに。