東アジア植物記 エウパトリウム(ユーパトリウム)ヒヨドリバナ属[その2]

日本に生息するヒヨドリバナ属は、10種ほどと見積もられており、全土に分布していますが、同じ種(しゅ)でも地域ごとに少しずつ形態が違ったり、交雑体や倍数体もあったりと分類が難しいのです。それでも、把握しているヒヨドリバナ属の知見を可能な限り整理することにしました。

ヒヨドリバナ属

多くの花が集まって花のように見える、頭状花序がキク科のアイデンティティーです。ヒヨドリバナ属は、主軸の先端に頭状花序が付き、葉腋(ようえき)から伸びる側枝の花が主軸とほぼ同じ長さになることで、頭状花序が散房花序のように配置されるので、全体として傘を広げたような姿になります。

ヒヨドリバナ属の頭花は、舌状花を持たず、先端が5裂した管状花(細い筒状の花)のみで構成されています。写真のヒヨドリバナ属の小花は長花柱花といい、花冠から深く2裂した雌しべ(花柱)が1本、糸くずのように飛び出すのが大きな特徴です。

一方、雄しべは5本で、花冠の内部に隠れており、外からはほとんど見えません。花期は、夏から秋にかけて、花の色は、白色、桃色、淡い赤紫色など優しい色合いが多く見られます。

さて、ここから各論に入ります。

ヒヨドリバナ

ヒヨドリバナEupatorium makinoi(エウパトリウム マキノイ)キク科ヒヨドリバナ属。この植物は、日本の山野や雑木林の湿った林縁など、半日陰の環境に自生する宿根草で、夏から秋にかけて花を咲かせます。

マキノイ(makinoi)という種形容語は、植物分類学者の矢原徹一氏らが、植物学の父と称される牧野富太郎氏に敬意を表して命名したものです。彼らに直接の面識はなかったようですが、偉大な功績をたたえ、牧野氏の名をヒヨドリバナの学名に刻みました。

ヒヨドリバナの花被は白く、葉は裂けない単葉です。横浜雑木林の林縁などで見かけましたが、ヒヨドリバナ属の中では、全体的に柔らかく繊細でした。

「鵯(ヒヨドリ)」は、日本においてよく知られている鳥ですが、世界の中でも日本全域と東アジアなどに生息する鳥です。季節を問わずに、年間を通じて同じ場所にとどまる「留鳥(りゅうちょう)」ですが、秋から冬にかけてよく見かけることから、俳句では秋の季語とされています。「ヒヨドリをよく見かける秋に咲く花」や「ヒヨドリが鳴く時期に咲く花」が和名の由来になっています。

ヒヨドリバナを観察していると、葉脈が黄色く変色した株が散見されます。これは、ウイルス病に感染したヒヨドリバナで、葉脈が金色に見える症状が現れています。このような株は「キンモンヒヨドリ(金紋鵯)」と呼ばれ、植物愛好家の間では、鑑賞対象として親しまれています。

このウイルス病に感染すると葉緑体が減少し、植物は徐々に衰弱していきます。ただし、比較的、弱毒性のため、種子を付けることも可能で、数年間はこの形状を保つことがあるようです。

この葉はなかなか美しく、その模様は植物由来のDNAウイルスであるジェミニウイルス(Geminivirus)に感染することで現れる症状とされています。そもそもウイルスとは何か、現代科学でも議論は続いています。

これは私の想像ですが、こうしたDNAウイルスは、植物の遺伝子の一部やトランスポゾンなどの塩基配列が何らかの拍子に飛び出し、それを取り込んだ昆虫を介して波及される「遺伝子の放浪者」なのではないかと考えています。このウイルスは、コナジラミを媒介としてヒヨドリバナに感染し、葉緑素を合成する遺伝子に変調をもたらしたのではないかと思われます。

研究の結果、ヒヨドリバナには二倍体、三倍体、四倍体といった複数の倍数体が存在することが明らかになっています。一般的にヒヨドリバナは三倍体であるとされますが、主に三倍体植物は不稔であり、種子を形成することが困難なはずです。

しかし、ヒヨドリバナは例外的に種子を付けることが確認されています。このヒヨドリバナという植物は、ただ者ではありません。受精を伴わずに種子を形成する現象は、専門用語で「アポミクシス(Apomixis)」と呼ばれます。それは植物としてまれなことですが、西洋タンポポなど一部の植物でも確認されています。

アポミクシスとは、ラテン語の「Apo(〜なしで)」+「mixis(交配・混合)」の合成語で「無受精繁殖」と理解されます。では、なぜこのような常識外れの現象がヒヨドリバナで起こるのでしょうか。ヒヨドリバナが三倍体であるという事実は、次のような進化的経緯を示唆しています。まず、二倍体の基本種から突然変異によってゲノム重複が起こり、四倍体が誕生します。その後、二倍体と四倍体の間で交雑が起こることで、三倍体が生じたと考えられます。

植物の世界では、ゲノムの重複や減少が繰り返される中で、遺伝子の冗長性が生じます。これにより、余分なゲノムや不均衡なゲノムが新たな機能を獲得する可能性があるのです。ヒヨドリバナのように三倍体となった植物が、気の遠くなるような年月の中で子孫を残すための手段として見いだしたのが、アポミクシスなのかもしれません。生命は常に、新しい挑戦を繰り返して道を探し続けているのかもしれません。

ヒヨドリバナが無受精繁殖をするのなら、なぜ花を咲かせ、虫を引き寄せるのでしょうか?この植物群は一筋縄では語れません。ますます、謎が深まったような気がします。

もう少しヒヨドリバナ属の植物記は続きます。次回、『エウパトリウム(ユーパトリウム)ヒヨドリバナ属[その3]』もお楽しみに。

小杉 波留夫

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、「虹色スミレ」「よく咲くスミレ」「サンパチェンス」などの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを積極的に取り組む。定年退職後は、学校の先生に対する園芸指導や講演活動をしながら、日本家庭園芸普及協会の専門技術員として、自ら開発した「たねダンゴ」の普及活動などを行っている。
生来の「花好き」「植物好き」である著者は、東アジアに生息する植物の研究を楽しみに、植物の魅力を発信中。

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