ヒヨドリバナ属などのキク科は、種属が多く最も進化に成功したグループだと思います。その繁殖と遺伝的戦略を理解するのは難しいです。今回は、湿地と寒地に生息するヒヨドリバナ属を掘り下げていこうと思います。

サワヒヨドリ
サワヒヨドリ(沢鵯)Eupatorium lindleyanum(エウパトリウムまたはユーパトリウム リンドレヤナム)キク科ヒヨドリバナ属。サワヒヨドリは、日本をはじめ東アジアを中心に、一部東南アジアにも分布する宿根草です。種小名のlindleyanumは、19世紀のイギリスの植物学者、ジョン・リンドリー(John Lindley、1799~1865)に献名されたものですが、彼自身はこの植物との直接的な関わりはありません。この学名は、東アジアに訪れたプラントハンターがヨーロッパに送った標本に基づいて記載されました。

サワヒヨドリは、その名の通り沢筋や湿った草原、湿原など、日当たりのよい湿地に生育します。湿地環境は水に恵まれていますが、樹木が育ちにくく、日陰が少ないため、強い日照と風通しのよさにより、草丈はあまり高くなりません。

サワヒヨドリは、50〜70cmの草丈で、ピンクからローズの頭花を多数付けます。

サワヒヨドリは、群生して生育し、茎が赤みを帯びること、茎には縮れた毛が生えていることが特徴として挙げられます。サワヒヨドリに適している湿地には昆虫が多く生息しており、これらの縮れた毛は食害を防ぐ役割を果たしていると考えられます。

サワフジバカマ
フジバカマ属は交雑しやすく、雑種があります。サワフジバカマEupatorium×arakianum(エウパトリウムまたはユーパトリウム アラキアナム)キク科ヒヨドリバナ属。学名の「×」は交雑種であることを表します。Arakianumは人名ですが、その人物は分かりませんでした。この交雑種は、サワヒヨドリ(Eupatorium lindleyanum)とフジバカマ(Eupatorium japonicum)の自然交雑種とされています。

サワフジバカマは、雑種らしい丈夫さがあり、育てやすい植物です。花に優雅さがあり、フジバカマの特徴とされる、葉に桜餅のような甘く爽やかなクマリンという香りがあって私もお気に入りの植物です。園芸市場では、「フジバカマ」という名前で流通しているため、私はそれを購入し、ずっと「フジバカマ」だと思って育てていました。

ところがです。あるときフジバカマの自生地の名所に行き、とある株と出会いました。その時、私の知っているフジバカマとかけ離れていて、目まいを感じるほど心理的に混乱してしまいました。それからしばらくの間は、ヒヨドリバナ属の花を見たくなくなりました。
実は、『東アジア植物記』のフジバカマは、5年前にほとんど完成していたのですが、それを中断して、今に至るまで「フジバカマ」とは何なのか考えてきました。文献を読めば読むほど、人の意見を聞けば聞くほどその実態は霧の中です。ここにきて、私の中では一つの結論に達しましたので、その話は『ヒヨドリバナ属』の最終回で詳しくお話します。
さて本編に戻り、次は別のヒヨドリバナ属の解説です。

ヨツバヒヨドリ
ヨツバヒヨドリ(四葉鵯)Eupatorium glehnii(エウパトリウム グレーニアイ)キク科ヒヨドリバナ属。このヨツバヒヨドリは、寒冷な気候や高原・高地に生育する種(しゅ)で、日本では北海道の平地、本州では岐阜県以北の標高1000m以上の草地に分布しています。四国では剣山などの高地に、他地域とは隔絶した形で生育しています。

ヨツバヒヨドリは、中国や朝鮮半島には分布しておらず、ロシアの千島列島やサハリンに生息しています。種小名のglehniiは、帝政ロシア時代の植物探検家ペーター・フォン・グレン(Peter von Glehn、1835~1876)にちなんでいます。

ヨツバヒヨドリは、漢字で「四葉鵯」と書きます。これは、節から出る葉が通常4枚輪生することが、この植物の特徴の一つだからです。ただし、葉の枚数にこだわり過ぎると、植物の理解を妨げることがあります。実際には3〜5枚、ときにはそれ以上の輪生葉も見られるので、葉枚数は遺伝や栄養状態によって変化します。

群馬県の谷川岳で出会ったヨツバヒヨドリの一群は、3枚の輪生葉を持ち、葉色が非常に美しく印象的でした。葉緑素の緑色を覆い隠すほどアントシアン色素が蓄積されており、寒さや栄養の過不足などのストレスによって生じたものと考えられます。しかし、これらの株が群生していたことから、この形質は遺伝的に固定されている可能性もあります。実は、野生で生じたこうした変異が、園芸に活用されている例は少なくありません。

春に北上し秋に南下する、日本列島を縦断する壮大な渡りを行うチョウ、「アサギマダラ」をご存じでしょうか。アサギマダラは、長野県でマーキングされた個体が、遠く台湾で再発見されたという報告もあります。
ヨツバヒヨドリは、高原の草地に生育し、8〜10月に花を咲かせます。ちょうどその時期が、アサギマダラの南下時期と重なります。ヨツバヒヨドリは蜜量が豊富なので、長旅をするアサギマダラの栄養源となります。

しかし、アサギマダラがこの花を利用するのは、単なる食事のためだけではありません。ヒヨドリバナ属の植物は、毒性を持つアルカロイドを合成し、それが蜜にも含まれています。アサギマダラは「ミトリダティズム(少量の毒を摂取して耐性をつける習性)」を実践することで、自らを毒蝶化し、捕食者から身を守るのです。
さらに、この化合物は生殖フェロモンの生成にも利用されていると考えられています。ヒヨドリバナ属は、昆虫と複雑な関係を築く、不思議な植物なのです。
次回、ヒヨドリバナ属のお話は[その4]へと続きます。お楽しみに。