東アジア植物記 エウパトリウム(ユーパトリウム)ヒヨドリバナ属[その7]

水元公園でフジバカマ(Eupatorium japonicum)を観察した私は、さらに異なる個体群を見てフジバカマについての知見を深めたいと考えました。

しかし、各地で準絶滅危惧種や絶滅危惧種となっている野生の個体を見つけることは至難です。

東京都墨田区東向島には、江戸時代に作られた民間の庭園を起源とした「都立向島百花園」があります。そこは大名が作った日本庭園とは異なり、江戸の町民文化を背景にした四季の草花を楽しむために作られたこぢんまりとした庭園です。

向島百花園には、有名な「ハギ(萩)のトンネル」の植栽があり、池の周りには昔からあった草花が植えられています。ご覧の通り、武士の威厳を示す形式や精神性の庭園とは異なり、江戸の町民文化に寄り添った、居心地のよい庭です。そんな庭には「秋の七草」も植えられています。

向島百花園に植えられていたフジバカマは、水元公園に生えていたフジバカマとほぼ同じサイズで茎や花柄(かへい)の毛の有無や形状も同じでした。

この場所でもフジバカマEupatorium japonicumという植物の追認ができました。しかし、花柄や上部で分岐していた枝が全て青い軸の「水元公園に生息するフジバカマ」とは違い、赤い軸のフジバカマがありました。個体群や生育場所によってある程度の差異、多様性があるのだと思います。

さて、フジバカマともいわれるEupatorium fortuneiの話に移ります。種形容語であるfortuneiとは、ウクライナ生まれの官僚であり植物学者のニコライ・ステファノビッチ・ツルツァニノフ(Nikolai Stepanovich Turczaninow、1796~1863)が、日本や中国を訪れた英国のプラントハンター、ロバート・フォーチュン(Robert Fortune、1812~1880)を記念して名を付けたものです。ツルツァニノフの活動は、ロシア国内に限定されていて、Eupatorium fortuneiの原生地や生きている姿を見たことがなく、送られてきた標本に学名を付けたようなのです。

フジバカマを東アジアに産するEupatorium fortuneiとして検索しても満足にその実体に迫れません。『Flora of China』という中国の植物を網羅しているデータベースがあります。

このデータベースは、国際的研究者が利用する基準的資料の一つなのですが、そこでのEupatorium fortuneiの記載は、栽培種がほとんどで野生種は極めて少なく現存するかどうか明確にされていません。そして、植物の説明として、「高さ40〜100cmと小型で赤褐色の茎で直立。葉は対生で3深裂。枝先に多数の小型頭花をつけ、花色は白から淡紅紫色」とされています。

この記述は、私が観察してきたフジバカマ(Eupatorium japonicum)とは異なる特徴を示していたため、Eupatorium fortuneiとEupatorium japonicumは別種なのだろうと思いました。ところが、さらに『Flora of China』を深掘りしていくと、驚く見解が示されていました。

シナヒヨドリ

『Flora of China』の見解では、フジバカマEupatorium japonicumや中国のフジバカマEupatorium fortuneiは、広義のシナヒヨドリEupatorium chinense(ユーパトリューム シネンセ)のシノニム(異名)であって「独立種ではなく、Eupatorium chinenseの変種であり、1類型である」というのです。

何ということでしょうか、フジバカマを巡る旅は、すごろくのように『エウパトリウム(ユーパトリウム)ヒヨドリバナ属[その1]』の振り出しに戻ってしまいました。

つまり、現段階では、「Eupatorium chinenseEupatorium japonicumEupatorium fortuneiについてよく分からず、それは形態的に連続していて種(しゅ)の複合体(species complex)と見なすべきだ」という見解なのです。

明確な区別のためにDNA解析が行われたこともあります。しかし、形態の連続性からどのサンプルを使うのか?、サンプル数が十分なのか?という問題もあるので、これらの近縁性を認めているだけで種の同定を避けているのです。

それでも「フジバカマとは何なのか」を知りたい私は腑に落ちません。植物分類学が手を焼いていることに民族植物学の立場でフジバカマを理解してみようと思います。

中国では、Eupatorium fortuneiのことを「蘭草」「香草」「香水蘭」「佩蘭(ハイラン) 」などと呼びます。日本でもフジバカマを「薫袴」と呼び、古くから薬草や香草として利用してきた歴史があるのです。つまり、民族植物学的にヒヨドリバナ属の中で、その乾燥した葉が発する桜餅のような香り成分「クマリン」の匂いがするものをフジバカマとしてきたのでした。

そのクマリンの香りこそ、人々がフジバカマを珍重してきた由縁です。

フジバカマは、生葉では香りません。乾燥する過程で植物内の酵素が働くとクマリン(桜餅に使う葉の香り、もしくはバニラのような甘い香り)を出すのです。

その葉が持つ芳香性という点に着目し、東アジアに産するヒヨドリバナ属の中で、クマリン類の合成能力持つ物をフジバカマとすれば3種しかありません。

つまり、①日本のフジバカマEupatorium japonicum、②中国でフジバカマとされるEupatorium fortunei、③雑種とされるサワフジバカマEupatorium×arakianumの三つに絞られるでしょう。

今年、能登半島の能登町で見つけ、野生のフジバカマだと思って写真を撮ったものです。丈が2m近くもあり大型でした。湿地に生え、全草に毛があることからサワヒヨドリ(沢鵯)Eupatorium lindleyanumと同定したのですが、今まで見てきたどのサワヒヨドリと比べても明らかに大型だったので、改めて見るとサワヒヨドリの倍数個体群ではないかと感じています。

このように、キク科ヒヨドリバナ属は、倍数性、雑種性、形態の連続性などがあり、DNA解析をするにしてもどの個体群を解析するのかで結果が違ってしまうのだと思います。

植物分類の揺れ、形態の連続性、交雑性、倍数性変異、学名と和名の乖離(かいり)がキク科ヒヨドリバナ属フジバカマと言う植物の理解を大変難しくしています。

5年間「フジバカマとは何か?」という疑問を持って過ごしてきましたが、その結果は「よく分かりませんでした」ということです。

植物については、よく分からないことが多いです。今言えるのは、『「フジバカマ」という植物は、東アジアの民族的背景と日本の古典文学の中で生まれた名前ということ。実際の植物的定義には一致せず、植物学的には、このヒヨドリバナ属フジバカマを巡る再定義が必要だ』ということです。

次回は、ゴキヅルというオモシロイ果実を付ける植物のお話です。お楽しみに。

小杉 波留夫

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、「虹色スミレ」「よく咲くスミレ」「サンパチェンス」などの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを積極的に取り組む。定年退職後は、学校の先生に対する園芸指導や講演活動をしながら、日本家庭園芸普及協会の専門技術員として、自ら開発した「たねダンゴ」の普及活動などを行っている。
生来の「花好き」「植物好き」である著者は、東アジアに生息する植物の研究を楽しみに、植物の魅力を発信中。

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