東アジア植物記 ヤブコウジ属[中編]

和名(日本の植物名)は、科・属・種(しゅ)といった近代的な植物分類の概念が存在しなかった時代に成立したもので、色や形、生育環境、用途、本草学の影響、さらには伝承など、多様な観点から名付けられています。

生活上、重要な植物は、独自の細かな区別が行われていた一方で、分類があやふやで、同じ系列名でも異なる植物を指したり、複数の植物を包括的に指したりする場合もあります。

カラタチバナ(百両)に続いてセンリョウ(千両)という植物がありますが、これらは和名の付け方が似ているだけで、両者の植物学的な因果関係はありません。

センリョウ

話は『ヤブコウジ属[前編]』と同じく、横浜の雑木林から始まります。そこは、常緑広葉樹と落葉樹が混じり合う林で、昼でもなお暗く、林床は落ち葉が積もってふかふかです。そんな環境では、ヤブコウジ(十両)やマンリョウ(万両)が多数見られ、さらに暗い場所には、まれにカラタチバナ(百両)やセンリョウ(千両)がひっそりと暮らしています。

センリョウ(千両)Sarcandra glabra(サルカンドラ グラブラ)センリョウ科センリョウ属。センリョウは、主に暖地の照葉樹林帯の林床に生育します。分類上は常緑低木とされますが、実際には樹木と草の中間に位置する植物です。しかし、この植物は主題のヤブコウジ属ではありませんし、センリョウの詳細は2018年3月27日の『東アジア植物記 和風な春の妖精 ヒトリシズカ』で触れているので、ここでは多くを語りません。

千両といえば、現代の価値で概算すると1億円ほどに相当する、まさに夢のような金額です。そんな縁起のよさもあって、私たちはセンリョウが大好きです。赤い実をたわわに付け、景気のいい姿のセンリョウは、お正月に欠かせない植物の一つとなっています。花市場では、12月に「センリョウ市」が開かれて、にぎわいをみせるのです。

マンリョウ

千両(1億円)で十分なのに「人は煩悩(ぼんのう)の塊(かたまり)」みたい…。さらにマンリョウ(万両)すなわち、10億円という名を植物に付けました。

マンリョウArdisia crenata(アルディシア クレナータ)サクラソウ科ヤブコウジ属。マンリョウは、冬枯れの雑木林にごく普通に見られる植物です。濃い緑色の葉を付け、冬の光を受けてキラッと光る赤い実はとてもきれいです。

このマンリョウと呼ばれる植物もまた、冬場の雑木林で頻繁に目にする植物であり、暖地の照葉樹林帯の林床において典型的な構成種といえます。

マンリョウは、アジアの植物ですが、英語では「Coralberry(サンゴの実)」などおしゃれな名前で呼ばれ、冬場の鉢物で売られているのを見ます。

マンリョウなどヤブコウジ(Ardisia)属は、恐竜が絶滅した後の暖かな東南アジアの森に生まれ、その林床で進化と分化を重ねてきました。

マンリョウは、今でもマレー半島を中心に東南アジアで分布していますが、熱帯モンスーンに沿って中国南部、台湾、日本にも生息地を広げました。その拡散には、東アジアから東南アジアを通る空の道(EAAF)を通うツグミやシロハラなど、果実食の渡り鳥が関与したのだと思います。

日本はマンリョウの終着地にあたり、関東がその分布北限と見られています。しかし、地球の温暖化が進み照葉樹林帯の北上と共に分布を広げています。

関東から南西日本の暖温帯(だんおんたい)の常緑広葉樹や雑木林の林床ではマンリョウは極めて生息量の多い植物の一つです。日当たりが少なく、暗い林の中は、他の植物たちには暮らしにくい環境です。しかし、そんな場所でもマンリョウは生育できる性質を持っています。

ピンク色の実を付けるマンリョウ

生物量(一定の空間・時期に存在する量)が多く、主に実生(みしょう)で増えるので、さまざまな形質を持ったマンリョウが野生状態で生まれています。

実の変異でいえば、赤い実を付けるマンリョウが多い中で白い実を付けるマンリョウを見つけるのは難しくありません。オレンジ色も珍しいですが、私はピンク色の実を付けるマンリョウを雑木林の中で見つけたことがあります。 

赤い実の大きさにも変化があります。

上の写真は、一般的市場へ流通があり、園芸店で売られているマンリョウの品種で「宝船」といいます。この品種は、とりわけ大きな実を付けます。このマンリョウにまつわる「江戸時代の古典園芸植物」としての記録がないため、戦後、実生により生まれた品種だと推測します。

「宝船」の実がどれだけ、大きいのか比較してみました。野生のマンリョウの実は5mm程度でしたが、「宝船」の実は1cmと倍の大きさです。

野生の中にもさまざまな変異があるマンリョウですが、林に生えている株を掘り採って庭や鉢に植えても、まず活着しません。マンリョウは、根が少ないので移植がとても難しく、株分けや挿し木が困難です。 

マンリョウはもっぱら実生によって繁殖させます。ここからは、マンリョウの発芽方法についてのうんちくです。

マンリョウの赤い実は「核果」といいます。赤い皮は「外果皮」で、中に柔らかい「中果皮」があり、さらに中には堅い核にあたる「内果皮」があります。内果皮の中に「種子(胚と胚乳)」があります。中果皮(果肉)には、アブシジン酸(ABA)という発芽抑制ホルモンが含まれていて、赤い核果のままでまいても発芽が難しいのです。マンリョウの核果は、鳥によって外果皮と中果皮が消化され、堅い内果皮の状態でふん散布されて発芽します。

人間がまく場合は、外果皮と中果皮を洗い、果肉を取り除いてまかなくてはいけません。園芸的実生繁殖では、どの植物の果実にもアブシジン酸が含まれていると考えて「外果皮と中果皮は取り除く」と覚えておきましょう。

マンリョウ「紅孔雀」

マンリョウは、実の色と大きさ、葉の色と形の変異が多い植物です。上の写真は、実生で偶然に見つかったと伝え聞きます。赤葉・赤実のマンリョウ「紅孔雀(べにくじゃく)」という品種です。これは、驚くべき突然変異が現れたものです。この変異によってマンリョウの園芸的価値は大きくあがったといえます。

さらに驚いたのは、桃葉・白覆輪・白実のマンリョウです。なんと美しい葉色でしょうか!

花の命は短いもの…。一方で葉の美しさは長く楽しめるので、葉色のきれいな植物は、園芸上とても価値があります。マンリョウは江戸時代から愛されてきた古典的園芸植物ですが、現代に見つかったマンリョウを加えれば、さらにその価値は大きなものになるに違いありません。

次回は『ヤブコウジ属[後編]』として、もう少しマンリョウの不思議について語りたいと思います。お楽しみに。

小杉 波留夫

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、「虹色スミレ」「よく咲くスミレ」「サンパチェンス」などの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを積極的に取り組む。定年退職後は、学校の先生に対する園芸指導や講演活動をしながら、日本家庭園芸普及協会の専門技術員として、自ら開発した「たねダンゴ」の普及活動などを行っている。
生来の「花好き」「植物好き」である著者は、東アジアに生息する植物の研究を楽しみに、植物の魅力を発信中。

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