雑木林でマンリョウを観察していて、ふと気づいたことがあります。「ヤブコウジ属[後編]」では、ヤブコウジ属がなぜ暗い林床という厳しい環境で生きていけるのか、その秘密にももう少し迫ってみたいと思います。

マンリョウ
そういえば、マンリョウ(Ardisia crenata)の種形容語についてまだ触れていませんでした。この種形容語のcrenataは、ラテン語で「鋸歯(きょし)状の」「波状の切れ込みのある」という意味です。実際に葉を観察すれば、葉縁がゆるやかに波打ち、独特のうねりを持っていることが分かるでしょう。

マンリョウの葉
マンリョウの葉は、つやつやしていて低木ながら照葉樹の一種です。標準的な葉身の長さは5~10cm。葉縁が波打つだけでなく、肥厚(ひこう)していること分かるでしょうか。
たくさんのマンリョウの株を見てきましたが、その中には葉がベタベタしている株もありました。

マンリョウの葉裏に付着しているカイガラムシの一種。拡大写真はこちらから
そのベタベタしている葉を裏返してみると、カイガラムシの一種が付着しており、分泌物で葉裏が汚れていました。大きさは2mmほどで、紙のように薄い個体です。ヒラタカイガラムシの仲間だと思われますが、種類の特定まではできていません。
興味深いのは、このカイガラムシが葉の縁に沿ってだけ付着していることです。 虫が無意味な場所にとどまるとは考えにくく、この現象には必ず理由があるはずです。

マンリョウの葉を太陽光に透かしてみると、葉身全体に小さな黒い「腺(せん)」が散在しているのが見えます。 「腺」という字は、肉月と泉から成り立ち、これは「体から染み出す・液体の出る場所」を表します。 植物では、防御物質などを蓄える役割を持つことが多いのですが、ここで注目したいのは「葉縁に沿って並ぶ大きな黒点」です。先ほどのカイガラムシは、まさにこの黒点に沿って付着していたのでした。

ヤブコウジ属は腺の多い植物として知られ、機能が異なる複数の腺を持っています。葉縁には特に大きな腺があり、膨らんで見えることから「葉縁腺(ようえんせん)」と呼ばれます。 この腺には「葉腺菌」と呼ばれる細菌が共生していることが分かっています。

葉腺菌の機能は完全に解明されているわけではありませんが、次のような仮説が考えられています。
①マンリョウは葉腺菌にすみかを提供し、光合成で得た糖を与える。
②葉腺菌は空気中の窒素を還元し、植物が利用しやすい形に変えて供給する。それと同時に、窒素とマンリョウから得た糖を使ってアミノ酸を合成し、マンリョウがそれを利用する。
③その結果、マンリョウは貧栄養の林床でも窒素やアミノ酸が得られるので、植物が育ちにくい環境に適応できた。
④葉に付いたカイガラムシは、糖やアミノ酸が豊富な葉縁腺に付着し、そこから栄養を得ている。
以上のことから、ヤブコウジ属が林床という厳しい環境で進化し繁栄してきた背景には、「葉縁腺に細菌を住まわせ共生する(leaf‑gland bacterial symbiosis)」という植物界でも極めて珍しい生活システムを獲得したことが大きく関わっていると考えてよいでしょう。

ヤブコウジ
さて、上には上があるもので、「オクリョウ(億両)」と呼ばれる植物があるそうです。マンリョウ(万両)を現代の価値に換算すると約10億円相当でしたが、億両となるとその千倍、約10兆円という、とんでもない金額になります。

徳川吉宗の時代、国税庁の資料によれば国家予算は約8000億円。10兆円といえば、現代ならアイルランド、ポルトガル、ハンガリー、シンガポールといった国々の国家予算に匹敵します。個人が縁起物として扱うには、もはや桁外れの通貨単位です。誰がいつ名付けたのかは定かではありませんが、この植物を「億両」と呼び、そこに縁起を担いだというのですから驚きです。

ミヤマシキミ
あまり知られていませんが「億両」と呼ばれる植物はミヤマシキミ。ヨーロッパでは、観葉植物として人気が高く、「Skimmia(シキミア)」の名で多くのポット苗が出回っています。この属は4種ほどの小さなグループで、ヒマラヤ周辺から東アジアの山地にかけて自生する常緑低木です。まさか自分に「億両」と名前が付くことなど、この植物も思ってもいなかったでしょう。

ミヤマシキミSkimmia japonica(シキミア ジャポニカ)ミカン科ミヤマシキミ属。和名の語源は、植物体がシキミ(Illicium anisatum)マツブサ科シキミ属に似ていて、深山(みやま)に生えるからと説明されています。しかし、似ているのは常緑で照り葉なことぐらいで、正直、私はこの植物がシキミに似ていると思えません。
属名のSkimmiaもこの植物を日本人が「シキミ」と呼んだのをヨーロッパ人が聞き取った音写だといわれています。和名も学名も勘違いの産物だと思います。
十両、百両、千両、万両、そして億両。 植物に通貨単位を当てはめて縁起を担ぐのは、日本独自の園芸文化といえるでしょう。
私も家の北側の庭に、十両から万両までを植え「お金に縁起のよいシェードガーデン」を作ろうと意気込んだことがあります。ところが、正月が終わるころ、飢えた小鳥たちがやってきて、見事に赤い実をすべて食べ尽くしてしまいました。
お金のないところには、お金はとどまらない…。そんな現実を、庭の植物が身をもって教えてくれた気がします。給料日や年金の支給日で一時的にお金が入っても、特急列車のように通過(通貨)していくばかりなのでした。
次回からは「サクラ」に関する植物記が始まります。お楽しみに。