東アジア植物記 サクラの旅路 ガイダンス[前編]

私たちは、出会いと別れを繰り返しながら年を重ねてきました。その節目には、いつもサクラの花が咲いていたように思います。サクラは日本の国花の一つであり、日本を代表する植物です。

今回からしばらく『東アジア植物記』は「サクラ」をテーマにします。まずは、サクラという植物をより深く味わうために、サクラ属という大きなグループを俯瞰(ふかん)するところから始めてみましょう。

ヘントウ

ヘントウ

ヘントウ(扁桃)Prunus dulcis(プルヌス ドゥルシス)バラ科サクラ属。サクラ属の分類は、時代や地域、研究者によって見解が異なり、実はまだ統一されていません。文献を読むと分類が揺れていて、戸惑うこともしばしばです。最終的には、自分がどの立場に立つかで採用する分類が変わってくる、そんな世界でもあります。

私自身は、さまざまなサクラを観察するうち、近年の分子分類学が示す考え方に共感するようになりました。

サクラ属を大きな視点で捉えると「バラ科に属し、一核一種子の核果を持つ樹木類」と定義できます。上の写真は、中国遼寧(りょうねい)省大連(だいれん)市の道端で売られていたサクランボです。サクランボがミザクラ(実桜)の果実であることは広く知られており、食べると中に小さな硬い核があることも皆さまご存じでしょう。

ウメ(Prunus mume)の核

ウメ(Prunus mume)の核

サクランボは、花の子房が成熟して形成される果実です。果実の外側は「外果皮」、食べられる部分が「中果皮」、核の外側にあたる硬い部分が「内果皮」です。この内果皮の内部には、種皮に包まれた胚と胚乳があり、種子を構成しています。

このように、サクラ属の植物は皆、果実が核果であり一つの核に一つの種子を持ちます。

バラ科はローラシア要素であり、サクラ属もその一員です。ローラシアとは、かつて北半球に存在した超大陸のこと。ローラシア大陸に由来し、進化や分布した動植物を「ユーラシア要素」と呼びます。同じバラ科の樹木でサクラ属に似た花を付けるものに、ナシやリンゴがありますが、その果実に核は見当たりません。これらは、子房ではなく花の付け根にある「花托(かたく)」という器官が膨らんで種子を包み込むのです。

それは本来の果実ではなく「偽果(ぎか、false fruit)」と呼ばれるものです。従って、核果を付けるサクラ属ではなく、それぞれナシ属(Pyrus)、リンゴ属(Malus)に分類されています。

ビワもバラ科で果実に核果を付けますが、一つの果実に複数の種子を持つことなどから、サクラ属の定義に当てはまりません。

サクラ属は、ヒマラヤ東部から雲南省・四川省にかけて野生種(しゅ)が集中する地域があります。そこがサクラ属の起源地と考えられています。

 ここを中心としてサクラ属は中央アジア、ヨーロッパ、さらには北米へと分化と拡散を繰り返して広がっていきましたが、その進化の中心は東アジア(中国から朝鮮半島と日本)でした。

とりわけユーラシアの果てにある日本では、島国ならではの多様な地形と気候の中でサクラ属がさまざまに分化してきました。さらに花を愛(め)でる国民性から多くの園芸品種が生み出されてきました。日本の桜文化は、こうした地理と人の営みが積み重なって育まれてきたのです。

 モモ

上の写真は、モモPrunus persica(プルヌス ペルシカ)バラ科サクラ属モモ節です。かつてバラ科サクラ類は、サクラ属(Cerasus)、スモモ属(Prunus)、モモ属(Amygdalus)など複数の属に分けられていました。しかし近年、DNAを用いた分子系統学の研究が進むと、従来の属の分け方では、本来一つの祖先から枝分かれした“自然なグループ”にならないことが分かってきました。

そのため現在では、これらを広い意味でのサクラ属(Prunus)に統合する考え方が主流になっています。私自身も、ウメに極めて似たサクラを観察した経験などから、ウメ属とサクラ属を明確に分ける理由が見いだせず、この考え方に賛同するようになりました。

従来の各属は、サクラ属の中で、サクラ(Cerasus)節、スモモ(Prunus)節、モモ(Amygdalus)節、ウワミズザクラ(Padus)節などに分け、DNAに基づく自然な系統群(clade)として節(section)という分類区分で理解されるようになりました。

さらに研究が進めば、節の区分もより自然な系統関係に合わせて、再統合や細分化が進む可能性もあります。

ウワミズサクラ

ウワミズサクラ

続いて、サクラ属の世界的植物地理phytogeography(フィトジオグラフィー)を簡単に説明します。ヒマラヤ東部で発生したサクラ属は、中央アジアを通り、ユーラシア大陸全体に広がりました。その過程で、特に日本列島では気候や地形の多様性を背景にサクラ属の分化が繰り返され、多様な種(しゅ)が成立しました。

北方へは東アジアを通り、現在はカムチャツカ半島に北限分布種として、シウリザクラ Prunus ssioriバラ科サクラ属ウワミズザクラ(Padus)節が原生しています。

2024年3月19日に公開した『東アジア植物記』では、ウワミズザクラ Padus grayana (パドゥス グレヤナ)バラ科ウワミズザクラ属を紹介しました。しかし、今回はウワミズサクラPrunus grayana(プルヌス グレヤナ)バラ科サクラ属ウワミズザクラ(Padus)節と紹介します。

同じ植物記で呼称を変えるのは心苦しいのですが、時間と共に人類が植物への理解を深めていくことをご理解いただければ幸いです。

温暖だった過去の地球では、サクラ属はさらに北に生息地を広げ、長い旅路の果てにウワミズザクラ(Padus)節とスモモ(Prunus)節がベーリング陸橋を渡り、北米大陸に到達しました。北米に自然分布するのはこの2節であり、サクラ(Cerasus)節の原生はありません。

余談ですが、中国では果実が日本よりはるかに安価で販売されています。この赤い宝石のようなサクランボも、1斤5元(500g 112円)や1斤15元(500g 337円)と格安でした。

いくつかの種類を購入し、ホテルでサクランボ三昧(ざんまい)をしようと意気込んで買い込んだのですが、食べてみると驚くほど酸っぱくて、おいしくないのです。残念ながら、それらは完食できずに終わりました。

日本のサクランボ農家さんが、いかに消費者のために丹精しておいしい青果に仕上げているか、身に染みた出来事でした。サクラ属のガイダンスは、後編へ続きます。お楽しみに。

小杉 波留夫

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、「虹色スミレ」「よく咲くスミレ」「サンパチェンス」などの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを積極的に取り組む。定年退職後は、学校の先生に対する園芸指導や講演活動をしながら、日本家庭園芸普及協会の専門技術員として、自ら開発した「たねダンゴ」の普及活動などを行っている。
生来の「花好き」「植物好き」である著者は、東アジアに生息する植物の研究を楽しみに、植物の魅力を発信中。

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