東アジア植物記 サクラの旅路 ガイダンス[後編]

サクラ属(Prunus)は、樹木の中でもトップクラスの大きな属であり、世界に400種以上存在すると推定されています。この多様なサクラ属を理解するために、広義のサクラ属を構成している主要な「節」(section)を整理して、一覧表にまとめました。

これは、現代の分類体系における「バラ科サクラ属の主な節」を表したものです。このサクラ属の中には、私たちがよく知っている果樹が多いことが分かります。この中で、いわゆる「サクラ(桜)」として認識される原種群であるサクラ(Cerasus)節は約40種とされ、サクラ属全体の約10%を占める植物群です。

多くの節(section)を持つサクラ(Prunus)属ですが、その中でいわゆるサクラ(Cerasus)節を他の植物と分ける特徴は何なのでしょうか?サクラの各論に入る前に整理しておきたいと思います。

それでは、サクラ(Cerasus)節の分かりやすい特徴について説明します。左上の写真のモモ(Amygdalus)節は、短果枝に花を一つ単生(たんせい)していることが分かると思います。これはモモ節だけでなく、サクラ節以外のサクラ属は、単生か少数の花を枝に付けます。

それに対し右上の写真のサクラ節は、短果枝から多くの花柄(かへい)が束になって伸び、散形花序を形成してたくさんの花を付けます。その結果、サクラは開花時に枝が花で埋もれるほど、たくさんの花を咲かせるのです。

もう一つ、サクラ節の大きな特徴は、その果実の形質にあります。サクラの果実は、桜桃(おうとう)です。それは、皆さまもご存じの「サクランボ」のことで、長い果柄の先に比較的に小さい核果を付けます。その果実の形状こそ、サクラ節の特徴の一つです。

サクラ節以外の果実と果柄をみてみましょう。ウメ節のウメやアンズなどの果柄は極めて短いです。モモ節やスモモ節の果柄も分からないくらい短いです。このようにサクラ属の中でサクラ節の果実が小さく、長い果柄を持つ特異さが理解できます。

サクラ節は、樹皮にも特徴があります。上の写真のように横に伸びる「皮目(ひもく)」がはっきりと現れ、光沢を持つのは、サクラ属の中でサクラ節だけに見られる性質です。この樹皮を剝がし、小さな家具を作る「樺(カバ)細工」と呼ばれる伝統工芸があるほどです。

以上の通り、この3点が見た目でも分かりやすいサクラ節の特徴となります。

  1. 短果枝から多くの花柄が束になる
  2. 長い果柄の先に比較的小さい核果を付ける
  3. 樹皮に横に伸びる「皮目(ひもく)」、光沢が見られる

次回から、サクラについての植物記が始まりますが、サクラを理解する前にウメ節のウメという植物についても知っていただこうと思います。

ウメPrunus mume(プルヌス ムメ)バラ科サクラ属ウメ(Armeniaca)節。属名のPrunusは、もともとスモモを表す、ラテン語のplumが語源です。このため、サクラ(Prunus)属をスモモ(Prunus)属とする場合もあります。

種形容語のmumeは、中国語の「梅(méi)」を昔の日本でムメと呼び、そのまま日本語が学名に採用されたことによります。節名のArmeniacaは、アンズ(Prunus armeniaca)の種形容語が由来です。

私たちにとってなじみ深いウメですが、よく分からないことが多い樹木でもあります。ウメは東アジア限定の果樹であり、この地域特有の文化と深く結びついています。東アジア以外でウメの花を観賞したり、果実を利用する文化はほとんど見られません。

イギリスのキューガーデン(キュー王立植物園、Royal Botanic Gardens,Kew)が提供する科学情報によれば、ウメの起源地は 中国中南部からラオスにかけての亜熱帯地域と推定されています。

ウメが中国から日本へ伝来したのは、奈良時代と考えられています。しかし、輸入元の中国には、現時点で純粋な野生個体がありません。ウメは、3000年以上にわたって人類の栽培の歴史があり、長い間に栽培種(しゅ)と野生個体が交雑を繰り返した結果、純粋な野生型が消滅した可能性が高いです。

ウメは春、最も早くから花を咲かせる樹木の一つです。2026年、横浜では1月6日に開花が記録されました。東京では通常1月中旬には花を咲かせます。

この早咲きの理由は、ウメが開花する条件となる「低温要求量」が極めて少ないからです。それは、ウメが冬に花芽を低温から保護しなくてはならないほどの寒冷地域の植物でないことを物語っています。ウメは落葉性です。冬はあるけれど厳しくはない、温暖から亜熱帯付近の気候であるヒマラヤ周辺から中国南部でウメが進化したことをその開花習性から推定されるのです。

今から約5000万年前、ゴンドワナ大陸の一部であったインド亜大陸がユーラシア大陸に衝突してヒマラヤ山脈ができました。サクラ属共通のご先祖さまは、山がもたらすモンスーンによって育まれ、亜熱帯気候の中で2000万~3000万年前に生まれました。

それは、単純な一つの核果と小型の花を持つ、原始的なバラ科の樹木と推定されます。サクラ属は、そのご先祖さまから進化を開始して、一番先に生まれたのがウメ節と考えられています。ウメは、よりご先祖さまに近い形質を持つサクラ属なのです。

被子植物の進化では、
雄しべが多数=原始型 → 雄しべが少数=進化型
雄しべがらせん=原始型 → 雄しべが輪生(りんせい)=原始型~進化型
と言う一般的なセオリーがあります。

ウメ節は、DNA解析の結果からもサクラ属の中で、最も早く分岐した系統とされています。ウメの花は、形態的にも雄しべが20~30本と多数あり、雄しべが輪のように付く「輪生」という比較的、原始的な形質を保持しているのです。

ウメが持つ「輪生する雄しべの形態」をよく覚えておいてください。これで、サクラ属を俯瞰(ふかん)するガイダンスは終了して、次回から各論に移ります。お楽しみに。

小杉 波留夫

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、「虹色スミレ」「よく咲くスミレ」「サンパチェンス」などの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを積極的に取り組む。定年退職後は、学校の先生に対する園芸指導や講演活動をしながら、日本家庭園芸普及協会の専門技術員として、自ら開発した「たねダンゴ」の普及活動などを行っている。
生来の「花好き」「植物好き」である著者は、東アジアに生息する植物の研究を楽しみに、植物の魅力を発信中。

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