ウメやモモ、アンズなど、大きな核果(核を持つ果実)を付ける果樹も、広い意味ではサクラ属に含まれます。これらの果実は地面に落ちたり、木登りをする哺乳類に食べられたりすることで種子が散布されてきました。
その中で、サクラ(Cerasus)節は小さなサクランボをつけ、種子の散布を鳥類へと切り替えました。この戦略転換によって、サクラ節は生息域を大きく広げたと考えられます。サクラについての植物記では「節」という言葉を省き、単にサクラ類、あるいはサクラと呼んで話を進めます。

サクラ
サクラは、地球がより温暖だった時代にヒマラヤ周辺で進化を続け、東アジアへ広がる中で多様性を獲得しました。日本のサクラの多くは、前年の夏に花芽をつくり、秋に休眠し、冬の低温で目覚め、春の気温上昇とともに有効積算温度(Growing Degree Days)が一定量に達すると開花します。
春に咲くという性質は、サクラ全体の一般的特徴ではなく、寒い冬に適応する過程で獲得した性質なのです。

ヒマラヤザクラ
ところが、ヒマラヤ南東部には、低温を必要とせず秋に花を咲かせるサクラがあります。それがヒマラヤザクラPrunus cerasoides(プルヌス セラソイディス)バラ科サクラ属です。
学名はスコットランドの植物学者デイヴィッド・ドン(David Don、1799~1841)によるものですが、Prunus(サクラ属)+cerasoides(サクラのような)で構成される合成語で、やや奇妙な印象を受けます。当時、Prunusはサクラではなくスモモを指すことが多かったため、このような名になったのでしょう。

ヒマラヤザクラは、ネパールやブータンなどヒマラヤ中部から東部の亜熱帯域に自生し、休眠が極めて短く、10〜12月に開花する個体群として知られています。
上の写真は、私が2025年12月15日に撮影した株です。これは、春咲きのサクラが成立する以前のサクラ類初期の特徴を残していると考えられています。DNA系統解析でも、サクラ類の分岐基部に位置することが示唆されました。概観を伝えようにも、写真では秋から12月にかけて咲くヒマラヤザクラの特異性はなかなか伝わらないかもしれません。

ヒマラヤザクラを手に取ってみると、私たちが知っているサクラと花の咲き方が違うことに気が付きました。この咲き方は、ウメ(Prunus mume)に似ているように思います。

ウメは、広義のサクラ(Prunus)属の中で最初に分化した系統であるとされています。その雄しべは、基部が円環状に並んでいます。ヒマラヤザクラの花を見てみると、その原始的といわれるウメに似ています。サクラの中では雄しべの数が比較的多く、ウメのように円形に配置されています。このことから双方の近縁性を感じさせます。

また、サクラ属の特徴として「短果枝から多くの花柄(かへい)が束になって伸び、散形花序を形成する」と説明しました。しかし、ヒマラヤザクラは花数が少なく、花托(かたく)が深くてベル状です。多くのサクラが浅い皿状の花托を持つのとは対照的で、これらも祖先的形質とされています。

関東のサクラは、11月には黄化して落葉します。ところが、12月15日に撮影したヒマラヤザクラは、葉が常緑のようにフレッシュで、冬支度に無頓着でした。花を見ても、サクラのように枝を覆い尽くすのではなく、いかにも野生を感じさせ、楚々(そそ)と咲いています。

2025年3月、雲南省昆明植物園での学会に招待され昆明を訪れた際、日本より一足早く、サクラが満開でした。人々はサクラの木の下で写真を撮ったり、花見をしたり、花を愛する人の心は国が違っても同じです。

「このサクラは何?」と中国の友人に聞くと「ウンナンザクラ」だと言います。雲南に咲いているから「ウンナンザクラ」という、安直な答えに目眩(めまい)を感じながら戸惑う私。
日本から同行した植物博士は「ヒマラヤザクラではないか?」と言うのです。しかし、私の知っているヒマラヤザクラと花弁の形状、花色、がく片の色が異なります。さらに開花習性も異なり、春(3月15日)に咲いていました。

このサクラを赤い色にちなみ、一部でヒマラヤヒザクラを「カーマイン色したサクラ」の意味のPrunus carmesina(プルヌス カルメシナ)と呼ぶそうですが、正式な学名として登録はなく、園芸レベルでの仮称とされています。ヒマラヤザクラは、ネパール→シッキム→ブータン→雲南と広く分布し、地域ごとに形質が連続的に変化する「地理的系統(フォーム)」で全体を理解するとされています。しかし、私の見解では、別種レベルの違いと隔離が存在していると考えます。

ヒマラヤザクラ 雲南フォーム(Yunnan form)
現代分類学では、上の写真もヒマラヤザクラ(Prunus cerasoides)とされ、雲南フォーム(Yunnan form)として扱われています。雄しべが外側に広がり、花色が赤く、春に咲くタイプです。

ヒマラヤザクラ ネパール・ブータンフォーム(Nepal–Bhutan form)
先に紹介したヒマラヤザクラはネパール・ブータンフォーム(Nepal–Bhutan form)で、淡いピンク色の花を秋に咲かせます。

サクラを鑑別するのに、花形やがく片の形状もポイントの一つになります。ヒマラヤザクラの二つのフォームを観察すると、がく片の形状と色が違います。ネパール・ブータンフォームのがく片は、薄い緑色で皮膜状、短形であるのに対し、雲南フォームのがく片は、赤く厚みがあるのです。この赤いがく片にはきっと何かしらの理由があるはずです。花弁の形が違うのも気になります。

雲南省勐海(Menghai)の山地、標高1400m
実は、ヒマラヤザクラ(雲南フォーム)の原生地は、はっきり分かっていません。文献には「西双版納(シーサンパンナ)・タイ族自治州の景洪(けいこう)市北部から勐海(もうかい)、紅河(こうが)ハニ族自治州、文山壮(ぶんざんそう)苗(みゃお)族自治州の亜高山帯に分布する」と書かれることが多いのですが、ヒマラヤザクラが“ヒマラヤザクラ群”として一括されている現状では、その情報に確証が持てないのです。
もし、文献通りだとすれば、雲南を歩き回ってきた私には、その地域がヒマラヤとは地理的に切り離された独立した山塊(さんかい)であることを知っているので、ヒマラヤザクラ(ネパール・ブータンフォーム)との地理的連続性はないといえます。
さらに、赤い花弁やがく片を持つという特徴は、強い日差しや紫外線が厳しい乾期の亜熱帯山地でよく見られる適応形質です。そう考えると、雲南フォームはヒマラヤから離れた山地で、独自の進化の道を歩んだサクラなのではないか…。そんなふうに私は考えています。

昆明植物園展示のヒマラヤザクラ(Prunus cerasoides)とされる園芸種
そのことから、私には違う種(しゅ)が一つのPrunus cerasoides に押し込まれているのではないか?と疑問に思えてなりません。植物分類は、地味でお金にならないといわれていますが、あともう少し人類の「植物知の深化」のために頑張ってほしいと思います。研究が進み、このヒマラヤザクラにあるべき戸籍へ落ち着く日が来ることを祈ります。
次回は、『サクラの旅路[その2]赤いがく片を持つカンヒザクラ』です。お楽しみに。