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【第2回】快適性のおはなし

宮崎良文

みやざき・よしふみ

千葉大学環境健康フィールド科学センター教授・副センター長20194月からグランドフェロー)。専門は生理人類学。自然セラピー学の確立を目指し、人が自然に触れると安らぐという感覚を科学的視点から研究している。

【第2回】快適性のおはなし

2019/01/15

私たちは、日常的に「快適」という言葉を使います。この言葉は、どのように定義すればいいのでしょうか?実は、学問的には、「快適性」という言葉の定義は定まっておらず、さまざまな研究者がさまざまな定義をしています。ここでは、1.快適性の定義と2.快適性の種類について、私の考えを示します。

1.快適性ってなんだろう?

まずは、皆さんにとって、最も快適な状況や状態を具体的に思い浮かべてください。100人の方がおられれば、100通りの回答があると思います。そのような状況の中、皆さんならどのように、快適性を定義されますか?

結論から申し上げると、私は、「快適性とは、人と環境間のリズムがシンクロナイズ(同調)した状態」と考えています。私の例で申し上げると、例えば、講演時に聴衆の皆さんが、相づちを打ちながら、関心を持って聞いてくださると話が弾みます。よそ見をしたり居眠りしている人がいると話が詰まることを経験します。コンサートでも同様と考えています。

当然、対象となる環境は、人はもちろんのこと、動物、植物ならびに絵画や音楽などの生き物でないものも含みます。本を読んでいても、自分のリズムに合うものは理解が進みますし、楽しく感じます。しかし、難しくないものでも、リズムが合わないと、頭に入りません。今、もし、リズム感を持ってこの文章を読んでいただいているとしたら、シンクロナイズした状態が生み出されています。快適感が生じていると思われ、私にとっては、とてもうれしいことです。

また、先ほど、お考えいただいた快適な状況は、全てが「(ご自身と対象間における)リズムがシンクロナイズした状態」に含まれると思いますが、いかがでしょうか?

ここで、草花などの自然と人の関係を見てみましょう。私たちは、草花と五感を通して触れたり、公園を歩いたり、森林セラピーをしたとき、無意識にリラックスすることを日常的に経験しています。

これはなぜでしょうか?この現象は、本連載の1回目に記したように、現代を生きる我々が人となってからの700万年の間、自然の中で生活してきたため、体が自然体応用にできているからなのです。草花をはじめとする、さまざまな「自然」は、自動的に我々に快適性増進効果をもたらしてくれます。現代のストレス社会において、今こそ、人の体が自然体応用にできているという大きな利点を有効に利用するときだと思います。

2.快適性の種類

先ほど、快適性の定義は定まっていないと記しましたが、実は、1つだけ定義されています。その定義は熱的快適性(thermal comfort)です。アメリカ暖房・冷凍・空調技術協会(ASHRAE)は、「that condition of mind which express satisfaction with the thermal environment(熱的環境に満足を表す心理状態)」と示し、さらに、1972年のハンドブックの中では、"Comfort"を「...is defined as "a sensation that is neither slightly warm nor slightly cool”(暑くも寒くもない感覚として定義される)」と表現しています。

しかし、この場合は、暑い、寒いという不快の除去を目的としており、後述する「消極的快適性」を指向しています。今、世界から注目されている自然セラピーなどにおける快適性は、「積極的快適性」なのです。

消極的快適性と積極的快適性はどう違うの?

建築学者の乾正雄氏は、快適性を2つに分け、「消極的快適性」「積極的快適性」と命名しています(引用文献1)。私は、乾氏の考え方を基本として、「消極的快適性」と「積極的快適性」を上の図に示すように整理しています。

「消極的快適性」は、安全や健康の維持を含む欠乏欲求であり、不快の除去を目的とした「受動的な快適性」です。個人の考え方や感じ方が入ることがなく合意が得られやすいという特徴があります。そのほとんどは、暑い・寒いを対象とした温熱研究です。

一方、「積極的快適性」は、プラスαの獲得を目的とする「能動的な快適性」となり、大きな個人差を生じます。自然セラピーなどの五感を介した研究となり、その生理計測は1990年代前半から始まりました。

現代社会において求められている、あるいは人が本来求めている快適性は、2つの快適性のうち、能動的な「積極的快適性」です。もちろん、「消極的快適性」は基盤として必要ですが、現代社会において求められているのは、「積極的快適性」なのです。本連載で対象とする「快適性」も「積極的快適性」となります。

おわりに

花やグリーンの視覚や嗅覚刺激実験は「積極的快適性」研究になります。3回目以降に記すように、花やグリーンなどによりストレス状態が改善され、体がリラックスすることが実験データから明らかになりつつあります。「自然」によって、人工・都市環境下におけるストレス状態から「本来の人としてのあるべき姿」に近づき、リラックスします。現代のストレス社会においては、「積極的快適性」にチャレンジすることが「生活の質(QOL)」の向上につながるのです。

次回は「花を見たときのリラックス効果」です。お楽しみに。

引用文献

1)乾正雄( M. Inui) やわらかい環境論 海鳴社 1988

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