文
宮崎良文
みやざき・よしふみ
千葉大学環境健康フィールド科学センター教授・副センター長(2
【第3回】花を見たときのリラックス効果
2019/02/12
私は花に触れたとき、独特のリラックス感を持ちます。2007年に森林総合研究所から千葉大学環境健康フィールド科学センターに異動したのですが、最初に、花を見たときの体の変化を明らかにしたいと思いました。まずは、研究を始めるに当たって、文献検索をしたところ、一流の学術誌に掲載されている体の変化を調べたデータがないのです。これには驚きました。そこで、これまで森林セラピーや木材セラピー研究で使っていた脳活動(近赤外分光法による脳前頭前野活動)、自律神経活動(心拍変動性による交感・副交感神経活動)などによる体の変化を表す評価システムを用いて、自分でデータを取得することにしました。ここでは、ピンク色と赤色のバラ、黄色のパンジーを例にとって、生花を見たときの刺激が人にどのような効果をもたらすのか紹介します。もちろん、世界初のデータです。
1.ピンク色の切りバラを見たときの体の変化
高校生55名(男性:37名、女性:18名、平均15.5歳)、医療従事者14名(女性:14名、平均42.1歳)、オフィスワーカー45名(男性:31名、女性:14名、平均38.0歳)、合計114名に協力してもらいました。
匂いのないピンク色の品種「デコラ」を用い、比較実験は「バラなし」とし、それぞれ4分間見てもらいました。花の本数は30本とし、長さは40cmとしました。花瓶はガラス製、直径12cm×高さ20cmの円筒形とし、生花から実験対象者の目までの距離は約37~40cmとしました(上の写真)。
測定に用いた指標は、指尖加速度脈波による心拍変動性としました。人は規則的にドキドキと心拍を打っていると思われていますが、実は短く打ったり、長く打ったりして、その間隔は揺らいでおり、その揺らぎ方がストレス状態を鋭敏に反映します。心臓のドキドキは、指先の血管まで伝わっており、ここでは、心電図の代わりに、指先を用いた加速度脈波測定システムを使いました。その計測値を周波数解析することにより、リラックスしたときに高まる副交感神経活動とストレス状態で高まる交感神経活動に分けて計測することができ、人の状態を容易に解釈できます。なじみのある血圧や心拍数などの指標は、副交感神経活動と交感神経活動が合わさった指標となり、解釈が難しいのです。
114名の結果を上の図に示します(引用文献1)。バラの生花を見たことにより、副交感神経活動においては15%増加し(図の右側、統計的有意差あり)、交感神経活動においては16%低下する(図の左側、統計的有意差あり)ことが分かりました。高校生55名においては、副交感神経活動が17%増加し(統計的有意差あり)、交感神経活動は31%低下(統計的有意差あり)しました(引用文献2)。医療従事者14名では、副交感神経活動が33%増加(統計的有意差あり)しました(引用文献3)。オフィスワーカー45名においては、男性群31名を抽出した場合、副交感神経活動において21%増加する(統計的有意差あり)ことが認められました(引用文献4)。
結論として、バラの生花を見たことによって①副交感神経活動が高まりリラックス状態になること、②交感神経活動が抑制されストレス状態が軽減されることが明らかとなりました。これは、世界で初めて、バラを見たことが副交感神経活動と交感神経活動に及ぼす影響を明らかにした研究となります。
2.赤色の切りバラを見たときの体の変化
次に赤色の切りバラを見たときのリラックス効果を調べました(引用文献5)。実は、2016年6月に皇太子殿下と皇太子妃殿下が私の研究室においでくださり、研究成果をプレゼンさせていただく機会を得ました(引用文献6)。そのときに、上記のピンク色のバラを見た場合のリラックス効果についてお話ししたところ、皇太子殿下から、「素晴らしいですね。赤いバラだと違う結果となるのでしょうか? 」と質問していただきました。「次のステップにおける研究テーマです」とお答えし、すぐに、実験したという次第です。
女子大学生15名(平均21.7歳)に協力してもらい、人工気候室(温度25℃、湿度50%、照度500㏓)にて実施しました。バラの生花は、赤色のバラ25本とし、匂いがない品種「バーガンディ」を用いました。花の長さは40cmとし、花から実験対象者の目までの距離は50cm程度としました。また、花瓶はガラス製とし、直径12cm×高さ20cmの円筒形とし、比較は「バラなし」とし、それぞれを3分間見てもらいました。今回の計測指標は、近赤外分光法による前頭前野における酸素化ヘモグロビン濃度としました。以前は、脳波計測が主流でしたが、最近は、近赤外線を用いた計測が主流となり、脳の活動状態を1秒ごとに、鋭敏に計測することができるようになりました。
その結果、視覚刺激1分目において、「バラなし」に比べ、右前頭前野における酸素化ヘモグロビン濃度が低下(統計的有意差あり)しました(上の図)。つまり、赤色のバラの生花を見たことによって、前頭前野活動が鎮静化し、リラックスすることが明らかになりました。
3.プランター植えの黄色のパンジーを見たときの体の変化
プランターに植えられた黄色のパンジーの効果を造花と比較した実験を紹介します(引用文献7)。高校生40名(男性:19名、女性:21名、平均16.4歳)に協力してもらい、高校の理科室を改造して実験しました。パンジーは黄色とし、指を用いた指尖加速度脈波による心拍変動性計測を用いました。
その結果、黄色のパンジーを見ることによって、造花を見た場合に比べて、ストレス状態で高まる交感神経活動が低下(統計的有意差あり)しました。つまり、プランター植えの黄色のパンジーを見ることによって、ストレス状態が緩和することが明らかとなったのです。
おわりに
花を見た場合のリラックス効果に関する論文は、極めて少ないのが現状です。世界中の人が経験的に感じている花を見たときの生理的な快適感、リラックス感に関するデータは、科学という枠組みにおいては、まだまだ解明されていません。このような科学的データが蓄積されることにより、花が生活の質(QOL)の向上に役立っていることが、客観的に明らかにされる日が来るものと思われます。
次回は「植物の香りでリラックス」です。お楽しみに。
引用文献
1)池井晴美、宋チョロン、宮崎良文ら 日本生理人類学会誌 17(2) : 150-151 2012
2)池井晴美、宋チョロン、宮崎良文ら 日本生理人類学会誌 18(3) : 97-103 2013
3)小松実紗子、宋チョロン、宮崎良文ら 日本生理人類学会誌 18(1) : 1-7 2013
4)H. Ikei, C. Song, Y. Miyazaki et al. J. Physiol. Anthropol. 33: 6 2014
5)C. Song, M. Igarashi, H. Ikei and Y. Miyazaki Complement. Ther. Med. 35: 78-84 2017
6)宮崎良文、「木材・森林と快適性」東京原木協同組合発行ISBN-13: 978-4990929305 2016
7)M. Igarashi, M.Aga,Y. Miyazaki et al. Int. J. Environ. Res. Public Health 12: 2521-2531 2015