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【第6回】木の香りでリラックス

宮崎良文

みやざき・よしふみ

千葉大学環境健康フィールド科学センター教授・副センター長20194月からグランドフェロー)。専門は生理人類学。自然セラピー学の確立を目指し、人が自然に触れると安らぐという感覚を科学的視点から研究している。

【第6回】木の香りでリラックス

2019/05/14

木材は、世界中で愛されている素材です。日本人にとっても特別な意味を持っており、木造家屋、家具、美術品から小さなグッズに至るまで日常生活と深く関わっています。特に「木の香り」は、経験的にリラックス感をもたらすことが知られており、香道においては、天然香木の香りが用いられています。


「木の香り」に関する研究データの蓄積については、これまでに掲載した花や観葉植物とほぼ同じ状況で、アンケート調査についてはたくさんあります。体にもたらす効果を調べた研究については、極めて少ないのですが、最近の計測システムの進歩を受け、少しずつ、蓄積されつつあります。


そこで、今回は、1)世界で初めて体の変化を調べた「木の香り」実験を紹介するとともに、2)日本で最も親しまれている「ヒノキ、スギ」の香りがもたらすリラックス効果を示します。さらに、3)「木の香りの主要成分」がもたらす効果についても言及します。

1.世界初の「木の香り」実験

木材の香りが体にもたらす生理的影響について初めて報告されたのは、27年前の1992年です。私は、1988年に東京医科歯科大学医学部助教から森林総合研究所研究員に異動し、木材の快適性研究を始めたのですが、異動直後の2年間は、試行錯誤を繰り返していました。森林総合研究所入所後は、とにかく、快適性研究をしたいという思いが強く、五感を介して、木が人の体にもたらすリラックス効果を調べることにしました。まず、文献検索を行い、これまでの先行研究を調べたのですが、「木材と五感」研究については、アンケート調査しかないことが分かり、びっくりしたことを思い出します。そこで、元々、香りに興味があったこともあり、「木の香り」実験を計画し、自分でデータを取ることにしました。

計測手法としては、当時、開発されたばかりの指で計測する血圧計を用い、21~22歳の男子大学生6名に協力してもらい、実験を行いました。まだ、誰も行ったことのない実験でしたので、五里霧中、不安を抱えながら、一人で実施しました。うまくいかなかったら、木材の五感を介した快適性研究はここで中止し、他のテーマに取り組むつもりでした。そうしたところ、タイワンヒノキ材油の香りによって、血圧が下がったのです。これには、驚きました。早速、木材学会誌に論文として投稿し、幸いにも掲載されました(引用文献1)。

この最初の研究から、現在に至るまで、「木材と五感」に関わる研究を継続して進めていますが、ここでは、池井晴美博士(現・森林総合研究所研究員)が、千葉大学博士課程において実施した最新研究を中心に紹介します。

2.ヒノキ材の香りでリラックス

自然由来の建材である木材に関しては、その使用に当たり変形を防止するため乾燥が必要となります。一般的には高熱による人工乾燥が用いられますが、熱による木材成分の変質や低沸点部の消失などによる「木材本来の香り」の劣化が生じます。そこで、本研究においては、天然乾燥により「木材本来の香り」が残った「天然乾燥ヒノキ材」を用いて、そのリラックス効果を調べました(引用文献2)。

女子大学生19名(平均:22.5歳)に、ヒノキ材を天然乾燥したチップの香りを「かすかに感じる匂い」から「弱い匂い」になるように調整し、90秒間、吸入してもらいました。におい供給装置を上の写真に示します。測定指標は、近赤外分光法とし、脳左右前頭前野(前額部)の活動を計測しました。

吸入時の右前頭前野活動の90秒間の毎秒変化を上の図に示します。吸入前に比べて、脳前頭前野の活動が鎮静化していることが分かります。左前頭前野活動においても同様の変化を認めました。ヒノキ天然乾燥材の香りをかぐことにより、前頭前野活動は鎮静化し、脳がリラックスすることが明らかとなりました。

3.スギ材の香りでリラックス

日本の代表的な針葉樹であるスギ材を対象として、心材(樹木の中心に近い香り物質が多い部分)と辺材(樹木の樹皮に近い外周部)に分けて調べてみました(引用文献3)。

女子大学生20名(平均:21.9歳)に協力してもらい、生理指標としては、近赤外分光法による脳活動と心拍変動性による自律神経活動を用いました。感覚強度は、心材においては「楽に感じる匂い」、辺材においては「かすかに感じる匂い」から「弱い匂い」の間として評価されました。
その結果、前頭前野活動は、スギ心材において、スギ辺材および対照(空気)と比べて、鎮静化(統計的有意差あり)することが分かりました。ストレス状態で高まる交感神経活動は、スギ心材および辺材において、空気に比べて、低下しました(統計的有意差あり)。つまり、スギ材の香りを吸入することによって、脳も体もリラックスすることが明らかとなったのです。

4.木材の香り成分でもリラックス

代表的な植物由来成分であるα-ピネンはスギ、ヒノキなどの針葉樹の主要成分でもあります。ここでは、この主要成分であるα-ピネンを単独で吸入した場合の影響を心拍変動性による自律神経活動を指標として調べてみました(引用文献4)。

女子大学生13名(平均:21.5歳)に協力してもらい、感覚強度は、「弱い匂い」から「楽に感じる匂い」に調整して、90秒間、かいでもらったところ、上の図に示すように、リラックス時に高まる副交感神経活動が対照(空気)に比べて上昇し(統計的有意差あり)、体がリラックスすることが分かりました。アンケートにおいても、快適であると感じられていました(統計的有意差あり)。

さらに、代表的な植物由来成分の一つであるリモネンにおいても、上の図に示すようにα-ピネンとほぼ同じ結果となりました(引用文献5)。

おわりに

27年前に初めて、木材の香りが体にリラックス状態をもたらすことを明らかにすることができました。ここでは、五感のうち、木材の嗅覚刺激が体にもたらすリラックス効果について、最新のデータを紹介しましたが、現在も少しずつデータが蓄積されつつあります。木造家屋や木材グッズを介して、日常的に、「木の香り」をかぐ機会は、意外と多いものです。「木の香り」をかいで、ほっとした感じを持ったとき、体もリラックスしていると考えられます。最近、私は、ヒノキやバラの精油を紙に染み込ませた3cm程度の容器をポケットに入れて持ち歩き、ストレスを感じたときの気分転換に使っています。皆さんも、好きな香りを見つけて、日常的に利用されてはいかがでしょうか?

次回は「木に触ったときのリラックス効果」です。お楽しみに。

引用文献

1)宮崎良文、本橋豊、 小林茂男 木材学会誌 38(10) : 909-913 1992
2)H. Ikei, C. Song, J. Lee and Y. Miyazaki Journal of Wood Science 61(5) : 537-540 2015
3)池井晴美、宋チョロン、名知博司、船越貴惠、宮崎良文 日本生理人類学会誌 第77回大会概要集 96 2018
4)H. Ikei, C. Song and Y. Miyazaki Journal of Wood Science 62(6) : 568-572 2016
5)D. Joung, C. Song, H. Ikei, T. Okuda, M. Igarashi, H. Koizumi, B. J. Park, T. Yamaguchi, M. Takagaki and Y. Miyazaki Advances in Horticultural Science 28(2) : 90-94 2014

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