タネから広がる園芸ライフ / 園芸のプロが選んだ情報満載

連載

【第9回】森林セラピーでリラックス(1)

宮崎良文

みやざき・よしふみ

千葉大学環境健康フィールド科学センター教授・副センター長20194月からグランドフェロー)。専門は生理人類学。自然セラピー学の確立を目指し、人が自然に触れると安らぐという感覚を科学的視点から研究している。

【第9回】森林セラピーでリラックス(1)

2019/08/13

私たちが日常的に触れることができる最も大きな自然として「森林浴」が挙げられます。「森林浴」は1982年に、秋山智英元林野庁長官が「日光浴」「海水浴」に準じて造語した言葉です(引用文献1)。

2003年には、科学的裏付けを持った森林浴という意味を持たせて「森林セラピー(*)」という言葉を私が作りました。なじみのある「アロマテラピー」からヒントを得て造語したのですが、英語でも「Forest therapy」となり、語呂がよく、言いやすい言葉であるということも念頭に置きました。しかし、これは余談なのですが、国際会議で発表したときに「Forest therapy」とは荒れた森を手入れするという意味だと英語圏の研究者から指摘されてしまい、困ってしまいました。そこで、強引に、海外の一流研究誌に「Forest therapy」を使った論文をいくつか掲載していったところ、段々と、「森によって人が癒やされる」という意味に変わっていき、今では、「Forest therapy」が専門用語として認められるようになりました。科学における専門用語は、実績を積むと意味が変わるという好例です。

*森林セラピーは特定非営利活動法人森林セラピーソサエティの登録商標です。

ベルリンの大型書店における「森林セラピーブックフェア」
(撮影:さくらピーアール合同会社)

日本語、英語ともに語呂がよいし、科学領域においても、意味が整ったので、「森林セラピー」「Forest therapy」に統一して研究を進めていたところ、最近、特に、2018年からヨーロッパ諸国、米国を中心として、「Shinrin-yoku」ブームが巻き起こったのです。「Shinrin-yoku」、これを英訳した「Forest bathing」、ドイツ語訳した「Wald Baden」などの書籍が、世界で数十冊、出版され、今年も米国だけで10冊以上の出版が予定されています。写真は、ベルリンの大型書店における「Shinrin-yokuフェア」の様子ですが、「Shinrin-yoku」「Wald(森林) Baden(浴)」という書名の書籍が、数えるだけで20冊以上置かれています。私の拙著「Shinrin-yoku(引用文献2)」のドイツ語訳も下から3列目、左端に置かれています。英語版「Shinrin-yoku」は現在、世界16カ国で翻訳、出版されており、日本語版は昨年の12月に創元社から、「Shinrin-Yoku(森林浴) -心と体を癒やす自然セラピー-」という書名で出版されました(引用文献3)。拙著は、80件の科学文献を引用しており、研究と実用をリンクさせた書籍は、世界でも、本書だけですので、そこに小さなプライドを持っています。

2018年の8月に英国のオクトパス出版から依頼があり、契約を交わした後、秋から執筆を始めました。2019年の4月(電子版は3月)に出版されたのですが、出版社から、一点だけ、要求がありました。タイトルは「Shinrin-yoku」としてほしいというのです。なぜ、「Shinrin-yoku」にこだわるのか不思議に思い、海外からの新聞、雑誌、TV取材の際に、その理由を聞いてみたのですが、一様に「ミステリアス」で「東洋の神秘」を感じるからというものでした。英語圏の方々にとっては、とても発音しにくい「Shinrin-yoku」ですので、取材にきたインタビュアーは、口が回らず、何度も言い間違えながら、「Shinrin-yoku」を連呼していました。
1982年に日本で造語された「Shinrin-yoku(森林浴)」ですが、英語圏の方々が発音しにくいため、「Forest therapy(森林セラピー)」という言葉を2003年に造語し、普及させようとしました。しかし、言いにくくて、ミステリアスな感じがよいということで、2018年から「Shinrin-yoku」の世界的ブームが起きています。渦中の当事者としては、何とも言いがたい、うれしくも不思議な気持ちです。

なお、蛇足ですが、2010年に英文学術誌に森林浴の総説を執筆し、論文タイトル中に「Shinrin-yoku (taking in the forest atmosphere or forest bathing)」という記載をしました。「taking in the forest atmosphere」とは「森林の雰囲気を五感で感じる」という意味で、逐語訳した「forest bathing」との併記としたのです。これが、英語圏の方々に受け入れられたようで、「Shinrin-yoku」の意味を持たせた英語訳として使用されるようになり、2019年4月には「Shinrin-Yoku: Taking in the Forest Atmosphere」という全く同名の書籍が米国から出版されています。

肝心の科学的データに関しても、私の研究室が最も多くの生理データを蓄積しており、ここでは、2回に分けて、その紹介をしたいと思います。1回目では、全国63カ所で実施した大型森林セラピー実験結果について示し、2回目においては、脳活動に及ぼす鎮静効果と高血圧者にもたらすリラックス効果について記します。

1. 全国63カ所森林セラピー大規模実験

2005年から2017年まで、沖縄から北海道に至る全国63カ所の森林(引用文献4)において、それぞれ約1週間をめどに森林セラピー実験を行いました。実験には男性684名、女性72名の計756名に参加してもらいました。測定指標としては、①心拍変動性による交感・副交感神経活動、②脈拍数、③血圧、ならびに④ストレスホルモンである唾液中コルチゾール濃度とし、一人ずつ森林部あるいは都市部において15分間の歩行ならびに座観をしてもらいました。

2004年に約3億円の大型研究予算を獲得できたため、森林浴が人にもたらす生理的効果を解明するとともに、森林セラピーに関する新たな研究領域を作りたいと考え、本実験を実施しました。一方、世界的に概観しても、森林のもたらす生理的効果に関する研究例はなかったため実験デザインを考えるところから始めました。2カ月間、毎日のように頭の中で繰り返しデザインを考え、仮想実験をしたことを覚えています。

まず、最初に考えたのは、対象地の設定です。森林浴の効果を明らかにするには、比較実験が必要ですので、私たちが普段生活している都市部との比較を行うことにしました。参加者は、1回の実験当たり大学生12名としました。6名は森林部で実験し、6名は都市部で実験することとし、実験チームも2チーム作成しました。次に実験スケジュールです。12名の被験者を前日に集め、森林部と都市部の下見を行いました。人は初めての経験においては、驚いてしまい、予想外の生理的変化を生じることが多いので、本実験前に下見をしてもらいました。下見の後、ホテルに入り、全員、同じ食事とし個室に宿泊してもらいました。本実験1日目は6時に起床し、朝食前に各種の生理機能計測を行い、朝食後、ホテルからバスで1~2時間かけて、森林部あるいは都市部の控え室に移動しました。2日目は森林部に行ったグループは都市部に行き、都市部に行ったグループは森林部に行き、刺激順による影響が出ないようにしました。人は、同じ刺激であっても、1回目と2回目では異なる反応をするためです。

また、生理実験においては、全ての生理指標には日内変動があるため、測定時刻が重要です。そのため、歩行実験においても、座って眺める座観実験においても、森林部、都市部ともに一人ずつ同じ順番で実験を実施し、測定時刻が異ならないようにデザインしました。午前中は歩行実験を行い、一人15分ずつ、森林部、都市部ともに同じ速度で歩行し、運動量は同様としました。歩行前と歩行後に脈拍数、血圧、唾液中コルチゾール濃度を計測し、歩行中は心拍変動性(交感・副交感神経活動)を1分ごとに計測しました。これにより、生理指標における差異は、森林部と都市部における環境の違いによって生じたと解釈できます。雨天の場合は、中止し、実験期間を延長して実施しました。

本実験の2カ月前と2週間前に実験地を下見し、森林と都市における歩行コースや座観場所を確定しました。研究者と補助者を含め25名程度、被験者12名と合わせて35~40名程度が同時進行する実験デザインとなるため、事前準備が実験成功のカギとなります。

その結果、森林環境への滞在は、ストレス時に高まることが知られている交感神経活動の低下、リラックス時に高まることが知られている副交感神経活動の上昇、血圧と脈拍数の低下ならびに代表的なストレスホルモンである唾液中コルチゾール濃度の低下を示すことが明らかになりました(引用文献5-11)。アンケートによる主観評価においても生理評価の結果とよい一致を示し、快適感、鎮静感、自然感およびリフレッシュ感の上昇、気分状態の改善、ならびに不安感の低下を示しました(引用文献5-11)。



24カ所、計288名(平均21.7歳・取得データは260~264名)の結果を以下に示します(引用文献5)。森林セラピー時の座観により、都市部に比べて、唾液中コルチゾール濃度は13.4%低下しました(図1)。脈拍数は、6.0%減少し、収縮期血圧は、1.7%低下し、拡張期血圧は、1.6%低下しました。また、リラックス時に高まる副交感神経活動は、森林セラピーにより56.1%増加し(図2)、ストレス時に高まる交感神経活動は、18.0%減少しました(図3)。なお、歩行時の結果も、座観時と近似した結果を示しました。森林セラピーによって、生体が生理的にリラックスすることが大規模実験から明らかとなったのです。

次回は「森林セラピーでリラックス(2)」です。お楽しみに。

引用文献

1) 朝日新聞 林野庁が「森林浴」構想 1982年7月29日
2) Y. Miyazaki Shinrin-yoku: The Japanese Way of Forest Bathing for Health and Relaxation 192pp Octopusbooks (Hachette UK Company) 2018
3) 宮崎良文 Shinrin-Yoku(森林浴)-心と体を癒す自然セラピー- 192pp 創元社 2018
4) 宮崎良文 森林浴から森林医学へ. 森林医学Ⅱ、大井玄、宮崎良文、平野秀樹(編)、23–32、東京:朝倉書店, 2009
5) B.J. Park, Y. Miyazaki et al. Environ Health Prev Med, 15(1), 18–26, 2010
6) B.J. Park, Y. Miyazaki et al. J Physiol Anthropol, 26(2), 123–128, 2007
7) Y. Tsunetsugu, Y. Miyazaki et al. J Physiol Anthropol, 26(2), 135–142, 2007
8) J. Lee, Y. Miyazaki et al. Scand J Forest Res, 24(3), 227–234, 2009
9) B.J. Park, Y. Miyazaki et al. Silva Fenn, 43(2), 291–301, 2009
10) J. Lee, Y. Miyazaki et al. Public Health, 125(2), 93–100, 2011
11) Y. Tsunetsugu, Y. Miyazaki et al. Landscape Urban Plan, 113, 90–93, 2013

JADMA

Copyright (C) SAKATA SEED CORPORATION All Rights Reserved.