タネから広がる園芸ライフ / 園芸のプロが選んだ情報満載

連載

【第11回】自然セラピーが持つ生体調整効果とは?

宮崎良文

みやざき・よしふみ

千葉大学環境健康フィールド科学センター教授・副センター長20194月からグランドフェロー)。専門は生理人類学。自然セラピー学の確立を目指し、人が自然に触れると安らぐという感覚を科学的視点から研究している。

【第11回】自然セラピーが持つ生体調整効果とは?

2019/10/08

これまで、花、木材、公園、森林などのさまざまな自然セラピーがもたらすリラックス効果に関して、自律神経活動や脳活動などの生理的指標を用いて紹介してきました。


それらのデータを蓄積する中で、多くの「個人差」が存在することが明らかとなり、その解明を進めてきたのですが、その過程において、「個人差」と呼ばれている現象には意味があることに気づきました。自然由来の刺激がもたらす影響に関して、測定した指標が、人によって上昇したり、低下したりすることが、しばしば認められるのですが、単に、人によってバラついているのではなく、その人に合わせて、生体を調整していることが明らかになりつつあるのです。


今回は、森林セラピー(*)と花きセラピー実験を例に取って、「生体調整効果」の紹介をしたいと思います。


*森林セラピーは特定非営利活動法人森林セラピーソサエティの登録商標です。

1. 森林セラピーにおける個人差の解明と生体調整効果

実験は、2011年度から2012年度にかけて、日本全国9カ所の森林において実施しました。各実験地とも20代の男子大学生12名とし、データが取得できた98名(平均:21.4歳)について整理しました。1人ずつ森林において、15分間の歩行を行い、血圧を指標としました。比較のための実験は都市部にて、同じ男子大学生で実施しました。

上の図に、最低血圧(拡張期血圧)に関する森林15分間の「歩行後」から「歩行前」を差し引いた「変化分」を示します(引用文献1)。森林を歩行するのですから、一般的には、血圧が低下すると考えられ、この図においては、マイナスになると予想されますが、ご覧のように低下する人もいますが、上昇する人もいて、大きな「個人差」を示しています。

そこで、上の図に示すように、縦軸を「森林歩行後-歩行前の最低血圧」の「変化分」とし、横軸を「森林歩行前の最低血圧」とした図を作成してみました。そうしたところ、赤線で示す負の相関が得られました(統計的有意差あり)。つまり、元々、血圧の高い人は、森林歩行によって低下するのですが、元々血圧の低い人は、森林歩行によって上昇することが分かったのです。森林歩行は、「血圧を調整する効果」を持っているのです。同じ歩行実験を同じ学生にて、都市部で実施したところ、「調整効果」はありませんでした。なお、横軸の血圧値は、本実験を夏に実施し、温度が高かったため、その影響で通常よりも低い値となっています。

これまで、講演会の質疑応答時に、しばしば困ったことが起きていました。特に、中年女性から「森林セラピーで血圧が低下することは分かりました。しかし、私は低血圧なので、血圧が下がると困るのですが」というご質問を受けることが多く、回答できなかったのです。本実験による血圧の高い方は低下し、低い方は上昇するという研究結果をご紹介することにより、私の長年の悩みも解決しました。

15分間座って景色を眺める座観実験も実施しており、同じ結果となることを報告しています(引用文献2)。

2.バラ生花視覚刺激がもたらす交感神経活動の個人差と生体調整効果

森林セラピーに続いて、花きセラピーにおける生体調整効果を交感神経活動(心拍変動性・指式加速度脈波法)を使って紹介します。

高校生55名(平均:15.5歳)、オフィスワーカー45名(平均:38.0歳)、医療従事者14名(平均:42.1歳)の合計114名に協力してもらって実施しました。生花の視覚刺激はピンク色のバラ30本とし、においがない品種を用いました。バラ生花および実験の様子を上の図に示します。

上の図にバラ生花の視覚刺激による交感神経活動の「変化分」と「(その人の元々の)交感神経活動値」を示します。縦軸の「変化分」では、「バラ生花」から「バラ生花なし」を引いた値となっていますので、バラの影響がなければ、「0」となります。

結果として、森林セラピー時の血圧と同様に、負(右下がり)の相関を示しました(統計的有意差あり)。つまり、バラを見ることによって、交感神経活動の高い人、ストレス状態にある人では低下し、ストレス軽減効果を認め、元々、交感神経活動の低い人では上昇し、適度な覚醒状態をもたらすことが分かりました。ここでも、「生体調整効果」が認められたのです(引用文献3)。

おわりに

自然セラピーが持つ「生体調整効果」は、現状、我々の研究室のみが提案している概念です。これまで、自然に触れるとリラックス状態になるというデータは数多く提出されています。高血圧者の血圧が森林セラピーによって低下するなどは、その典型例です。しかし、自然セラピーが人に対して持っている本来のセラピー効果は、高過ぎる場合は低下させ、低過ぎる場合は上昇させるという「生体調整効果」であることを明らかにしていきたいと思っています。

次回は「自然セラピーの効果的なリラックス法」です。お楽しみに。

引用文献

1)C. Song, H. Ikei and Y. Miyazaki Elucidation of a physiological adjustment effect in a forest environment: a pilot study. Int J Environ Res Public Health 12(4): 4247-4255, 2015
2)宋チョロン、池井晴美、宮崎良文 森林セラピーがもたらす生理的調整効果の解明 日本衛生学雑誌69(2): 111-116, 2014
3)宋チョロン・池井晴美・宮崎良文他 バラ生花視覚刺激がもたらす心拍変動性(指式加速度脈波法)の個人差 日本生理人類学会誌 18(1): 100-101, 2013

JADMA

Copyright (C) SAKATA SEED CORPORATION All Rights Reserved.