小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
誤りは誰にでもある ヒメコウゾ、カジノキ、コウゾ
2014/05/02
関東では桜の季節が終わろうとしているが、東アジアに原生する樹木の花は次々と咲いてくる。“木”に“気”をつけていないと、花“木”の“季”節はすぐに通り過ぎてしまう。
今、私たちの近辺にはヒメコウゾ(クワ科コウゾ属、学名Broussonetia kazinoki)の花が咲いている。クワより小柄な3m前後の低木で、本州以南の東アジアに広く自生し、藪や雑木林の林縁に生えているから、“木”に“気”をつけて見回せばそれなりに見つけることができる。
ヒメコウゾは同株雌雄異花で、徒長枝を伸ばし、新枝の下部に雄花を上部に雌花をつける。雌花は1cm程度だが、長く伸びた赤色の花柱がおかしな生き物のようで楽しい。
ヒメコウゾの樹皮は枝から容易に剥がすことができ、手で縦に裂くこともできる。ところが横には裂くことができないほど強靭。繊維がよく発達しており、古代はこの繊維を使って紙を作った。
中国からコウゾ(B. kazinoki × B. papyrifera)が伝わり、そちらのほうがバイオマス量が豊富なことから、今ではヒメコウゾは役割を終え、コウゾの片親として名を残すだけとなった。しかし、この植物が果たした歴史的役割は計り知れない。
コウゾは中国南部などに原生するカジノキ(B. papyrifera)、ヒメコウゾ(B. kazinoki)の雑種とされる。今一度、それぞれの学名をお読みいただきたい。ヒメコウゾの種小名に、カジノキの文字(kazinoki)がある。このコラムの誤りではない。実は命名者シーボルトの誤記、ミステークと伝えられている。シーボルト自身が定めた命名規則により、後で誤りに気がついても修正することができないのだ。
ヒメコウゾは同株雌雄異花であるのに対し、コウゾは雌雄異株。コウゾも身の周りに生えているので見かけることがある。一方、カジノキは10m程度の落葉高木で、クワと同じ雌雄異株である。種小名のpapyrifera はパピルスを意味し、紙がとれることによる。英語で「paper mulberry」といい、直訳すると「紙桑」となる。
カジノキは日本にも生えていて、樹皮から採れる繊維を紙の材料とする。きわめて有用な植物ゆえに、大陸から古い時代に伝わったものといわれる。本来の自生は中国南部、台湾、東南アジア、南西諸島である。オレンジ色の実は大きく、遠くからでも確認できる。クワとは別属であるが、熱帯クワというと理解が早いのではないだろうか。
日本に原生するヒメコウゾ。新枝の下部に雄花が、上部に雌花が咲いている
コウゾの雌花。コウゾは雌雄異株
コウゾの樹皮。木部を簡単に剥ぐことができ、その繊維は強靭
中国雲南省の最南端にある景洪市にほど近い場所。そこの川岸にカジノキが生えていた