小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
カタクリンコは人が好き カタクリ
2014/06/06
日本最長の奥羽山脈は東北を太平洋側と日本海側に分ける。初夏を迎えても豪雪地帯の山里には残雪が残り、雪解け水が流れている。北上から車で秋田方面に走ること1時間ほどで西和賀町に入った。東北の友人たちは口々に、春の妖精の宝庫、素晴らしい場所だから行ってみるよいと言う。車で走っていると何気ない小さな祠の通路に、足の踏み場もないほどカタクリが咲いているのを見つけた。
カタクリ(ユリ科カタクリ属、Erythronium japonicum)を、岩手の方々は親しみを込めて「カタクリンコ」と呼ぶ。二度と忘れることのできない可愛い愛称だ。何かを祀るこの小さな落葉広葉樹の鎮守の森は、地元の人たちによってきれいに下草が刈られ、薄明りが地面に届いている。そんな環境が大好きなカタクリは、実に幸せそうに咲いているのだった。
西和賀町の春は夢のよう。落葉広葉樹の林にカタクリが咲き、キクザキイチゲはあぜの草、水芭蕉は溝の草、福寿草は道端の草で、花や植物が好きな人にとっては天国に近い景色が広がっている。
カタクリは北東アジアに自生し、日本では中部地域以北の落葉広葉樹の林床が分布の中心となる。笹や常緑の植物が地面を占有する環境には自生できない。この植物は人が里山として管理するような“人くさい”場所が、その成育環境となっている。
ここでカタクリの4倍体(※)らしい、ひときわ大きな個体とも出会うことができた。生育量が多いと多様性が生まれ、新しい進化が起きるのかもしれない。カタクリンコは人知れず咲く花というより、人と共に生きる植物のように思えた。
(※)4倍体…多くの植物は2倍体といって、細胞核の中に染色体が対となって存在している。突然変異や人為的な処理により、通常より倍の数 の染色体をもつものを、4倍体とよぶ。一般に4倍体は植物体や花が大きくなる傾向がある。
岩手県西和賀町で見つけた「カタクリンコ」の群生。写真の左下にはキクザキイチゲも見える。
やわらかい光に包まれた環境で、いちだんときれいに花の色を写すことができた。
大きな4倍体と思われる一輪。カタクリンコのボスといったところだろうか。
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