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連載

一瞬の幻 キクザキイチゲ

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

一瞬の幻 キクザキイチゲ

2015/04/10

アネモネ(イチリンソウ)属の仲間は、東アジアの日本にもアズマイチゲ、ハクサンイチゲ、イチリンソウなど多くの仲間が自生します。輪生した葉の中心からひとつの花を咲かせることが多いため、イチゲ(一華)と呼ばれる種が多いのです。

今回は、中でも取りわけ愛らしい宿根草である、キンポウゲ科アネモネ属のキクザキイチゲ(Anemone pseudoaltaica)の話です。種形容詞pseudoaltaicaとは偽のアネモネ、アルタイカ種という意味ですが、私には本物Anemone altaicaより偽の方がよく見えます。

キクザキイチゲは日本特産種で、近畿地方より北の落葉広葉樹林の明るい林床や林縁に自生しますが、東北地方では畑のあぜなどでも見ることができます。早春に芽を出し、他の宿根草や樹木が葉を展開する前に花をつけ、初夏には姿を消す典型的な春の妖精と呼ばれる植物です。

これら妖精たちが咲いていた場所を後で訪ねると、それは見事なくらい痕跡を残していません。普通は枯れた残さが長く残るのですが、完全犯罪よろしく何もないのです。

キクザキイチゲなど春の妖精たちは、どれもわずかな期間しか地上に姿を見せないため、形を成す植物繊維をしっかりと作っている暇がないらしいのです。それで春の水をたらふく吸い込んで姿を成し、ほんの一瞬に命の輝きを見せると、名残雪のように消えていきます。

今年も各地で、幻のようなこれらの花が見られることでしょう。

春。落葉広葉樹が葉を展開するまで、地表にはやわらかな日ざしが届きます。キクザキイチゲはこの短い期間に葉を3枚出し、その中心にひとつの花をつけます。

花色は白色、薄ピンク色、空色などがあり、近畿地方や関東地方ではおよそ3cm程度の花をつけます。ところが、北東北の豪雪地帯に行くと花の大きさは5cm程度に大きくなり、びっくりするくらい鮮やかな青花と出合うこともできます。

豪雪地帯の落ち葉は、雪の圧力でアイロンをかけたように大地に張りつきます。そんな落ち葉の間からさまざまな春の妖精は顔をのぞかせるのです。

雪どけ水が音を立てて流れる小川の縁にも、空色のキクザキイチゲは群生していました。

ミズナラやブナの下にササが生えると、大地に光が届かないので、キクザキイチゲは生育できません。里山として下草を刈ってやるとこれらの春の妖精はご機嫌です。キクザキイチゲはカタクリと大の仲良しで、たいていは一緒に生えています。

開花株のまわりには、たくさんの未開株が葉を出していました。種から花が咲くまで、長い歳月が必要です。小葉は、羽状に深く裂け3枚輪生します。

普通、キクザキイチゲの自生環境は、疎林や林縁ですが、東北では日当たりの良い畑の土手などにも自生します。憧れのキクザキイチゲもまるで雑草のようです。

JADMA

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