小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
地歴の生き証人 アダン
2015/07/31
沖縄県古宇利島、東シナ海からの容赦ない暴風の中、海と陸との境界線で防護壁のように立ち尽くすアダンは、潮風に千切れ、生きているのか、事切れているのかわからない満身創痍の姿でした。
私はその姿に不思議な感動を覚え、「世間の荒波の中で生きて行くのはこういうことだよね! 人も植物も決して楽に生きて行けるわけではない!」と思ったのでした。
アダン(阿壇)タコノキ科パンダヌス属 パンダヌス オドラティシムス(Pandanus odoratissimus)。アダンを含めてタコノキ類は、少数の種が日本の亜熱帯域の島しょ部に自生しています。
種形容語のodoratissimusとは、その果実が熟すると非常によい香りを放つことを表しています。アダンの実は面白い形をしていて、人気漫画「ワンピース」に登場する「悪魔の実」のようです。
味は甘く、カキに似ているのですが、果肉と繊維が一体となっていて、食べにくいものです。食料が豊富でなかった時代はごちそうだったそうですが、現代ではヤシガニや他の自然動物の食べ物になっています。
アダンの仲間、タコノキ属は亜熱帯、熱帯の海浜植物で、海岸周辺に自生する植物なのですが、海から遠く離れた内陸地、シーサーパンナの熱帯雨林で植物観察をしている時に、陰陰滅滅な林床でタコノキ属を何度か見かけました。陽樹であるこの仲間が何ゆえ、このような場所に生えているのでしょうか。
陸と海の最前線に陣取るアダンは、髪を振り乱しながらも嵐に立ち向かう女性にも似て、過酷な運命に立ち向かう人々の姿を見ているようです。
アダンの実です。子どもたちが「悪魔の実だ~」と言って騒いでいました。なるほど、見えなくもないですね!
実の食べられる部分は基部の部分。甘くなかなかオツな味です。でも、繊維が口に残ります。
こちらはミクロネシアの島に生えているタコノキ類です。この仲間はどれも陽樹で、海岸やその周辺にしか生えません。
中国の最南部の熱帯雨林です。この時の気温約40度、湿度は100%近くも。噴き出す汗はまったく乾きません。雨林の林床部は光もあまり届かず、シダが寡占します。高木が倒れるとそのギャップに若い樹木が芽を出し、生育していきます。そんな薄暗い環境に陽樹であるパンダヌス属の自生が散見されます。
海から遠く離れた内陸に、パンダヌス類が生えている理由は、難しくありません。それは、この場所が昔は海岸だったということです。パンダヌス類が生えているここは、古地中海(テチス海)の海岸線だったのです。インド亜大陸が移動を始め、大陸にぶつかり、ヒマラヤをつくり、その影響でこの場所が隆起したと考えられるのです。パンダヌス属のこの樹木は地球の歴史の生き証人として、薄暗い熱帯雨林に居残り、ここにその昔は海があったことを伝えています。