小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
山には山の [前編] アザミ
2015/12/18
「山には山の、海には海の」で始まる『アザミの歌』。空襲で家を失い、知人を頼って諏訪に移り住んだ作詞者が、山野をさまよい、作ったとされるその歌詞は、メロディーと共に戦後の日本人の、心の歌のひとつとして記録されています。
アザミ類は北半球に広く分布している種属で、赤紫の筒状花からなる頭花と、トゲのある切れ込みが深い葉を特徴としていて、この歌の通り、山には山の、海には海のアザミが生えています。
日本にも地域ごとに特徴のある、数多くの種が自生しています。そのいくつかをエピソードを添えてご紹介したいと思います。まずはじめは国難を救ったアザミの話からです。
それにしても完全武装のすごいアザミです。葉は硬く、鋭くとがったトゲを持ち、茎や苞もトゲだらけ、誰にも触らせない、触りたくない代物です。関東で見る限り、路傍や工事現場など、人が大地をひっくり返した場所を好み、生えているように見えます。アメリカオニアザミCirsium vulgareキク科キルシューム属。和名にアメリカとついていますがヨーロッパ、西アジア、北アフリカに原生していたアザミです。種形容語の vulgare (ブルガーレ)は、広範囲に生えていることを示します。外来種のこのアザミは、綿毛のついたタネで旅をして東アジアにも広がっています。
アメリカオニアザミに触れると、本当に痛いのです。下手な手袋や衣服ではトゲを防ぐことはできません。スコットランドの国花は the Thistle(ザ シッスル)、アザミです。夜陰に紛れてスコットランドを侵略しようとした外敵が、大地に生えていたアザミのトゲに触れ、その痛さで声を上げたのでその所在が判り、国難を逃れたとされます。このことから国を守ったアザミは英雄扱い。この国では、叙勲の最高がアザミ勲章となっています。スコットランドのアザミがCirsium vulgare かどうか特定はできませんが、この植物は英語でSpear Thistle(スピア シッスル)、槍アザミと呼ばれ、その逸話に納得ができる植物です。
フジアザミCirsium purpuratum は日本の中部山岳地帯だけに生えるアザミ。日本では一番大きな花を下向きに咲かせ、総苞が花とは逆向きになります。種形容語のpurpuratum(パープラツム)は頭花の色である赤紫に因みます。富士周辺に咲くこのアザミのように、地域ごとに分化し、その地方に固有するものが多いのです。
トネアザミCirsium nipponicum var. incomptum(利根薊)。関東地方と中部地方に生える背が高いアザミで、人の背丈ほどに伸びます。葉が細かく深く裂け、花は小ぶりで控えめに咲きます。種形容語のnipponicum(インコンプツム)は飾り気のないという意味です。花がまばらで小さいせいでしょうか。
ノハラアザミCirsium oligophyllumは日本の中部から北の草原、湿原などに生える分布の広いアザミです。種形容語の oligophyllum(オリゴフィリュウム)は、少数の葉を意味します。1m程度に花茎を立ち上げ、葉が少なく見えるのでしょう。
ノハラアザミの花です。アザミの花は虫媒花。よく虫が花粉を食べにきます。おしべは筒状になっていて、その中をめしべが伸びてくるので花粉が下から上へ押し出されます。そして、虫が止まるとその重さでおしべが下がり擦れ、花粉が再び出てくる構造です。よくできていますね。
ノハラアザミを野原で見ていると、アルビノが見つかりました。自然は自然に変異を出します。目ざとい人はそれを固定して利用します。園芸種にドイツアザミという名前がありますが、それはドイツ産ではありません。園芸家が日本に広く自生するノアザミ Cirsium japonicum の品種改良をして、それを売り出すためにつけた商品名です。ただのアザミではご利益がないと考え、つけられた名前です。「どいつ」がそんな名前をつけたのでしょう。
後編に続きます。