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連載

砂にうずもれて [前編] ウンラン

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

砂にうずもれて [前編] ウンラン

2016/01/14

はじめて日本に来た、中国の友人を千葉県の温泉宿に連れて行った時のこと。日本旅館のおもてなしに感銘を受けたらしく、帰ってからも3日間ほど眠れなかったと言います。戦前の日本を思い描いていた彼にとって、おもてなしの日本の文化に触れ、興奮したとのことでした。

特に仲居さんの甲斐甲斐しい姿、風呂、トイレは、中国のそれとは対照的です。それと同時に「なんて緑が濃いの?」「いろいろな自然がコンパクトに詰まっている!」と言うのです。確かに、海外から日本に帰り、真っ先に感じることは自然の豊かさです。南には南の、北には北の植物が3000kmの距離にぎっちりと詰まっています。

今回は北の砂浜、北海道石狩の浜に生える植物の話を前編と後編に分けてお話いたします。

フィリピン西岸に生息しているというカイダコは対馬暖流に流されて北上し、時として津軽海峡を越えて、北の大地に打ちあがります。明るい暖海で育つ生き物には、二度と故郷に帰ることのない長旅です。季節は10月中旬、てい線に彼女の形見が落ちていました。英語でpaper nautilus(紙の潜水艦)と呼ばれるアオイガイ(葵貝)Argonauta argo(アルゴナウタ アルゴ)。メスだけが殻を持つタコの仲間です。

北海道の大地を流れる石狩川は日本第2位の流域面積を持ち、広大な台地からの土砂を日本海に運びます。河口砂州や砂丘が豊かに広がり、北の海浜に育つ植物群が見られます。
アオイガイが落ちていた場所から陸に続く前線には、コウボウムギ(弘法麦)Carex kobomugi(カレックス コーボームギ)カヤツリグサ科カレックス(スゲ)属が生えます。東アジア海岸に広く分布しますが、よく発達した砂浜にしか見ることができない植物で、砂にうずもれながら硬い葉を伸ばして味のある穂を出します。

海浜は潮の飛沫と強い風がいつも吹きつけ、砂が移動するので、植物が根を張るには不適な環境です。そして、陸と浜とがせめぎ合う所には浜崖ができます。それは砂にうずもれながら根や地下茎を伸ばすコウボウムギやハマニンニクなどが作り出したものです。写真の中で青く大きな葉を広げている植物は、ハマニンニクLeymus mollis(レイムス モリス)イネ科です。種形容語のモリスとは、やわらかい毛を意味しています。

ハマニンニクは陸と砂浜との境界線に生える植物です。英名をAmerican dune grass(アメリカン デユーン グラス)、アメリカ砂丘草とも呼ばれ、東アジア北部以外に北米の海岸などにも自生しています。

陸と砂浜の境界線である浜崖が崩れ落ちる場所は、最も地盤が安定していません。しかし、そんな場所が特にお好みのように花を咲かせる植物があります。彼らには不安定こそが安定の条件のように見えます。

ウンラン(海蘭)Linaria japonica(リナリア ヤポニカ)オオバコ科リナリア属。
長くゴマノハグサ科とされてきましたが、現在はオオバコ科とされています。種形容語のヤポニカは日本産という意味です。葉は厚みがあり丸く、茎がほふくする宿根草です。四国や瀬戸内海、日本海沿岸から樺太などに分布。太平洋岸では千葉県から北に生えますが、暖地の海岸では絶滅もしくは絶滅危惧種になっています。それは自然の海岸線の消滅などで生息域が狭まっているからです。

リナリア(姫金魚草)とはよく言ったもので、小さな魚がピョコンと飛び上がったようなおかしな形をした花を咲かせます。園芸種のリナリアはぜい弱な茎葉をしていますが、ウンランは海浜の厳しい環境に適応した硬く肉厚な体をもった植物です。少し前にジブリのアニメに「崖の上のポニョ」と言う映画がありましたが、なんとなくポニョを連想してしまうのは私だけでしょうか。

ウンランの隣にはハマニガナが砂にうずもれながらも、地下茎を伸ばし黄色い花を咲かせていました。ハマニガナIxeris repensキク科イクセリス属。種形容語のレペンスとは、地に這い根を出すという意味です。こちらも畑の畦などに生えるニガナの茎葉ではありません。3枚ほどに裂けた肉厚で上部な葉をつけます。そのようすからハマイチョウの別名があります。

この石狩浜を北限とする、イソスミレViola grayiスミレ科ビオラ属。
種形容語はアメリカの植物学者Asa Gray(グレイ)氏に因みます。花期は過ぎ、閉鎖花やタネをつけていました。イソスミレ、ハマニガナやウンランなどは、ほかの植物の陰になることを極端に嫌います。どうしても太陽光を独占したいのです。そのためにコウボウムギやハマニンニクがつなぎ止めた砂の塊を頼りに、浜辺に生活の場を求めているようでした。

後編はやや陸側に生える海浜植物で、北の浜辺を宝石箱にする植物へ続きます。

JADMA

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